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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
2.スリー・アンド・ツー編
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015 異形の姿

 自室の敷布団の上で、芳賀は目覚めた。窓から差し込む朝日が、彼を覚醒させたのだった。


 むくりと起き上がると、側にいた女が「わあっ」と声を漏らす。


「トリプルセブン様、お目覚めですか? ええと、お怪我の具合は大丈夫でしょうか⁉」


「ありがとう。でも心配ないよ」


 そうは言ったものの、芳賀は悔しさのあまり唇を噛んでいた。



(……くそっ。何が「力を貸してくれると助かる」だ。あんな奴らと組むなんて、論外だろう)


 思い出すのは、昨夜の戦いだ。能見の電撃をかわせず、彼はそのまま気を失ってしまったらしい。倒れたところを部下に発見、介抱されたのだと理解する。


(調子に乗るなよ。一人ずつ相手取っていれば、彼ら二人に負けることはありえなかった。今度こそは必ず倒してやる)


 いくら芳賀でも、眠っている間は回避能力を使えない。無防備な自分を見守ってくれた配下たちには、感謝してもしすぎるということはないだろう。力で従えた手下とはいえ、彼らは皆、トリプルセブンこと芳賀に忠誠を誓っていた。



(……トリプルセブン様、どうしたんでしょう?)


 不機嫌そうな芳賀を見て、世話役を任じられた女はおろおろしていた。


 彼女は林愛海といい、この街に来る前は看護学校の学生だったらしい。その技術を買われ、もっぱら怪我人の手当てを頼まれていた。


 芳賀が思い悩んでいたのは、トリプルシックスに敗北したという事実が屈辱的だったからだ。だが、彼の心中を知らない愛海は、「自分の看病の仕方が悪かったのではないか」と慌てていた。



(消毒も傷の手当てもしましたし、段ボール箱内にあった治療キットでやれることは全てしたはずです。一体、何がいけなかったんでしょう。……あっ、もしかして)


 一つだけ、思い当たることがあった。そのことを考えると、愛海はかあっと頬が熱くなった。


 いや、恥ずかしがっている場合ではない。今までの実習で、似たようなことをやってきたではないか。練習か本番かの違いがあるだけだ。



「あ、あのう、トリプルセブン様」


「何かな?」


 うつむいた拍子に、ポニーテールに束ねた黒髪が揺れる。なぜか恥ずかしがっている彼女を前に、芳賀は怪訝そうな顔をした。


「昨夜、お身体をお拭きしておりませんでしたよね。もしかして、そのことでお怒りになっているのかもしれないと思いまして」


 水に濡らしたタオルを手にし、愛海は覚悟を決めた。赤らめた顔を正面に向け、声を張る。


「私などに務まる役目かは、分かりませんけど……ご所望でしたら、い、今すぐにでもお拭きします!」


「いや、いいよ。あとで自分でやるからさ」


 芳賀の返事はそっけなかった。張り切りすぎた反動が来たのか、愛海ががっくり肩を落とす。


「そ、そうですよね。すみません、出過ぎた真似でした」



 知識こそ人並み以上にあるが、やはり愛海は女性だ。男の身の回りの世話は、ときとして同性の方が向いているのかもしれない。


 芳賀が不機嫌な理由を勘違いしたまま、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。



「ふえっ」


 出し抜けに部屋のドアが叩かれ、愛海が飛び上がる。


 彼女らが今いるのは、アパートの一室。芳賀の率いるグループは、この周辺のエリアを占拠し、複数のビルをまるごと根城にしている。


 ゆえに、これは敵襲ではなく、部下からの連絡であると考えられた。



「入って構わないよ」


「はっ」


 芳賀の許可を受け、痩せた男が一人、入室した。


 走ってきたのだろうか。ひどく慌てた様子で、息を切らしている。


「トリプルセブン様、実は、板倉の奴が急に暴れ出しまして」


「板倉が?」


「はい」


 芳賀は眉をひそめた。一体、何があったというのだろう。



「できれば、来てもらえると助かります。自分たちだけでは、押さえつけられそうにありません」


「……分かった。行こう」


 二つ返事で頷き、芳賀は立ち上がった。



 能見たちへ負けたことを、忘れたわけではない。今後グループの勢力を広げていく上で、彼らは大きな障壁になるだろう。


 だが、今は部下の安全が最優先だ。


「あの、私も」


「君は部屋の掃除でもしていてくれ」


 まだ能力に目覚めていない愛海を制し、芳賀は男を連れて部屋を出た。言外に「足手まといだ」と伝えていた。



 同じ構造の、五階建てアパートが延々と立ち並ぶ。


 退屈な街並みの中に、一箇所低くなっているところがある。学校の体育館を思わせる外観のそれは、倉庫のようだった。



 被験者を閉じ込めるための人工都市に、どうして倉庫が建てられているのか。それは芳賀たちにも分からない。ともかく彼らはそこを、食料貯蔵庫として利用していた。


 支配下に置いたエリアで、芳賀たちはアパートの部屋をまず捜索する。そして、部屋の中に残っている段ボール箱を全て押収。居住者がいる場合は、力づくで屈服させる。そのようにして集めた段ボール箱、中でも食料の詰まったものを、芳賀はこの倉庫に集めていた。


 グループの構成員が好き勝手に飲み食いすれば、争いごとや飢えの原因になる。そうならないよう、芳賀は一人が一日に食べてよい量を決め、均等に配分する仕組みをつくった。


 その倉庫で、板倉が突然暴れ出したのだという。



「邪魔なんだよ、てめえら。どきやがれっ」


 悪態を吐き、髭面の太った男が腕を振り回す。板倉に突き飛ばされ、倉庫の見張りをしていた男たちが倒れた。


 部下に案内され、そこへ芳賀が駆けつける。


「どうしたんだ、板倉。……おい、やめないか」


 リーダーの命令を無視し、板倉は倉庫の中へとずんずん踏み入っていった。


 段ボールの山から一つを運び出し、ガムテープを引っぺがす。箱の中からウィダーゼリー状のものを数個取り出すと、貪るように吸い始めた。



「何をしてるんだ」


 彼を追って倉庫へ踏み込み、芳賀が声を荒げる。


「この間、規則として定めただろう。このゼリーは、一人につき一日三個までだ。それ以上の摂取は、よほどの理由がない限り認めない」


「理由ならありますぜ」


 さっそく一つ目のゼリーを飲み干し、空のパックを放り捨てる。卑しい笑みを浮かべ、板倉は言い返した。


「さっきから、腹が減ってしょうがねえんです。どうも体が熱くって、冷たいものを取らねえと死にそうだ」



「熱中症のようには見えないがな」


 警告を聞かず、板倉は暴食を続けている。最悪の場合、力で取り押さえるしかないかもしれない。


 ナイフを取り出し、芳賀は冷たい声音で告げた。


「ともかく、規則違反には相応の罰を与えなければならない。今すぐ食べるのをやめるんだ」


「嫌だ。たとえトリプルセブン様の命令でも、こればっかりは了解できないね」


 しかし、板倉は頑なに拒んだ。


 意外だった。芳賀へ媚びへつらい続けてきた彼が、はじめて反抗的な態度をとった。まるで人が変わってしまったようだ。


「……分かってくれよ、ボス。俺は食わなくちゃいけねえんだ」


 何かに取りつかれたように、板倉は必死に段ボールを漁っていた。


「そうでなきゃ、俺が俺でなくなってしまうような気がする」



「いい加減にしてくれないか。何が言いたいのか、さっぱり分からないよ」


 さすがに限界だった。しびれを切らし、芳賀はナイフを手に詰め寄った。


「……うっ」


 その瞬間、板倉の動きがぴたりと止まる。苦しそうに体を震わせると同時に、手にしていたウィダーゼリーのパックがぽとりと落ちた。


 何かを伝えようとするように、板倉が口をぱくぱくさせる。刹那、焼けただれたように全身の皮膚が溶け、剥がれ落ち、その下からオレンジ色の新しい皮が覗いた。



「何っ?」


 目の前で起きた不可解な現象に、芳賀は驚きを隠せていなかった。


 溶けた皮膚の下から現れたのは、セミの幼虫に似て、ぶよぶよとした肉体。頭部のかたちは蟻に酷似しており、肥大化した目がぎょろりと辺りを見回す。



 僅か数秒のうちに、板倉は人としての姿を捨てていた。


 異形の怪人へ変わった彼は、天を仰ぎ、腕を突き上げ、獣のような雄叫びを上げた。


今回から、林愛海という新キャラクターが登場します。


彼女がどうやって芳賀と出会ったのかは、外伝②「がんばれ!愛海さん」にて書いております。


能見や陽菜が芳賀と戦っている裏で、実はこんなことがありました……という短編です。


こちらもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 能力の描写がとても良いと思いました! 首の数字で能力を想像できるのもいいところですね! また、協力して戦うシーンもとっても良いと思いました! [一言] 果たして主人公はこのゲームを壊すこと…
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