013 「ヒーロー」
「うわっ」
「逃げろ。俺たちが敵う相手じゃねえ」
口々に叫び、我先にと芳賀の部下たちが逃げ出していく。雷が降り注ぐ街から、男たちは恐れおののいて走り去った。
あとに残ったのは能見と芳賀、そして陽菜だけである。
「何でだよ。……止まれ。止まれよっ」
震える左手を右手で掴み、能見は必死の思いで叫んだ。だが、紫の稲妻はコントロール下を離れ、もはや彼が思い通りに操ることはできなかった。
「ほら、僕の言った通りになっただろう?」
自慢の回避力を使い、雷が降る中でも芳賀は一切ダメージを受けていない。涼しい顔をして、能見へ語りかける。
「君が手に入れたのは、誰かを救う力なんかじゃない。人を傷つけ、恐怖に陥れる破壊の力だ」
雷の制御を失った能見など、芳賀の敵ではない。プラズマを操った多彩な技さえ封じれば、こちらのものである。
「見てみろ、この惨状を。これだけ派手に暴れても、君は僕にほとんどダメージを与えられていない。それどころか、決闘に参加していない者にまで被害を拡大させようとした。君の力は、実に罪深い」
後ずさる能見へ、芳賀は勝ち誇った表情で拳銃を向けた。
「悪く思わないでくれ。君を倒せば、皆が幸せになれるんだ」
もし、能見が雷を自在に操れる状態であれば、話は違っただろう。電磁石の要領で、鉛の銃弾をあらぬ方向へ飛ばせたかもしれない。あるいは単純に、スパークを盾のように使えたかもしれない。
今の能見には、およそ無理な芸当だった。
しかし、弾丸は放たれなかった。
素早く銃を抜き放ち、陽菜が発砲する。弾は芳賀の手にしていた拳銃へ当たり、彼の手からそれを吹き飛ばした。
芳賀の能力は、自身に対する攻撃を避けるというもの。ならば彼ではなく、彼の持っている武器を狙えば当てられるのではないか。陽菜の一か八かの賭けは、見事成功した。
「何っ⁉」
芳賀が動揺している隙に、陽菜はよろめきながらも立ち上がった。そして、能見のいる方へ駆け出した。
「……やめろ、陽菜さん。来ちゃ駄目だ!」
はっと目を見開き、能見が叫ぶ。
いまだ雷は彼の制御下になく、断続的に天から降り注いでいる。紫電が降る中で動くのは、危険きわまりない行為だった。
けれども、彼女はためらわなかった。怯みもしなかった。紫の閃光に時折照らされ、輝く薄闇の中を、陽菜は駆け抜けた。
「能見くん」
いつ、彼の体から放電するかも分からない。なのに、彼女は迷わず、能見の背中に腕を回した。正面からぎゅっと抱き締められ、能見が驚いたような顔をする。
「前にも言ったけど、私は能見くんのことを信じてる。能見くんの力は、破壊の力なんかじゃないよ」
「……でも、俺は」
戸惑いながらも目線を落とすと、陽菜は瞼を閉じ、ちょっぴり涙をこぼしていた。
「俺は昨日、この力で陽菜さんを傷つけかけたんだぞ」
「そんなの関係ないよ。だって能見くんは、私を助けるために力を使ったんだから」
不意に、陽菜は体を離した。ぐいと涙を拭い、微笑む。
「オカルトじみた解釈なんて、気にしなくていいの。正しい心をもって使えば、どんな力だって正義になるから。……あのとき、能見くんは私を助けてくれた。能見くんは、私にとってヒーローなんだよ」
(ヒーロー、か)
自然と笑みがこぼれていた。
力を上手く使えず、空回りばかりしているように感じていた。大切な仲間を傷つけてしまうんじゃないかと、恐れも抱いてきた。芳賀が言ったように、呪われた力ではないかと疑ったこともある。
けれども今、能見の抱えていた悩みは一気に消えた。正義の心をもって力を振るう限り、人は英雄になれるのだ。誰が何と言おうが関係ない。
(そうだ。俺はずっと力が欲しかった。争いを止めて、この街に俺たちを閉じ込めた管理者へ、反逆できるだけの力が)
雷が鳴りやみ、空気中を漂っていたプラズマが消失していく。紫電のエネルギーは今、能見の中へ完全に吸収されていた。
(俺は必ず、この力を使いこなしてみせる。そして、いつか……管理者へと辿り着く!)
決意を新たに、能見は芳賀へと向き直った。




