012 波乱の稲妻
気がつけば、勝手に体が動いていた。
「……やめろ!」
二人の間に割って入り、能見が右手に構えたナイフを突き上げる。芳賀の斬撃を受け止め、強い力で弾いた。
均衡は、一瞬で解消された。
「おっと」
さほど驚いた素振りも見せず、芳賀は能見を一瞥した。彼が秘めた力を警戒するように、さっと後ろへ飛び退く。
「……能見くん」
どうして、と陽菜が呟いたのが、背中越しに聞こえた。彼女にしてみれば、能見を戦闘に巻き込むのはもっての外であるはずだ。
「ごめんな。約束、破っちゃって」
首だけで振り返り、能見は照れくさそうに言った。今にも泣き出しそうな、陽菜の顔がそこにあった。
「けど、陽菜さんを傷つけたくなかった。それだけだ」
「おやおや、どうしたのかな」
わざとらしく首を傾げ、芳賀が尋ねてくる。
「あの雷の力を、今日は使わないつもりかい? それとも、まだ使いこなせていないのかな」
「うるせえ。黙って見てろ」
能力をコントロールできていないことを、芳賀は見透かしているようだった。
だが、それでも構わない。何とでも思えばいい。能見は意識を集中させ、すう、と息を吸い込んだ。
そして、目を閉じた。
(あのときの俺は、ただやみくもに力を求めていた。漠然とした力の塊、それを欲していた)
その結果、稲妻は狙いを定めずに放たれ、辺りをめちゃくちゃに焼き払った。
(でも、それじゃ駄目だ。……イメージしろ。力が一点に集まり、収束していく様を)
次の瞬間、鮮明なイメージが脳裏をよぎった。
かっと目を開き、能見が右腕を前へ突き出す。その動きに呼応したように、稲妻が生み出されていく。
「喰らえ!」
咆哮を上げ、能見はパンチを繰り出すように、右手を虚空へと叩き込んだ。同時にプラズマの奔流が移動し、束ねられていく。うねり、回転し、雷撃の槍と化した紫の閃光が、芳賀目がけて真っ直ぐに突き進む。
地面に伏せ、芳賀はそれを難なく躱した。にやりと笑い、ナイフ片手に突進してくる。
「無駄だよ。どんなに威力の高い攻撃も、この僕には当たらない」
「だったら、これでどうだ!」
負けじと、能見も声を張り上げる。左の拳を握り固め、渾身の力を込めて突き出した。
螺旋を描くようにして、彼の腕が稲妻に包まれる。雷のパワーを帯びた殴打が、芳賀を襲った。
「くっ」
咄嗟に身を屈め、芳賀がかわそうとする。しかし、このとき彼が「攻撃」と認知していたのは、能見のストレートパンチのみだった。それに付随する紫電までは、回避能力が及んでいない。
避け切れなかったプラズマが肩を焼き、芳賀は顔を歪めた。慌てて後ろへ下がり、間合いを取ろうとする。
「いい気になるなよ。今のはまぐれ当たりだ」
白いシャツに真っ黒な焦げ跡をつけられ、芳賀は怒りを露わにしていた。「攻撃を躱せなかった」という事実が、彼のプライドを損なっていた。
「雷も攻撃に含めて対処すれば、そんなもの簡単にかわせる。僕に同じ手は二度と通用しない」
「どうかな。それなら、また新しい攻撃パターンを編みだせばいいだけの話だろ」
今のところ、おおよそイメージした通りに力を使えている。手応えを感じ、能見は注意深く身構えた。
そのとき、対峙している芳賀の視線が、ある一点に吸い寄せられた。
「……そうか。トリプルシックスか」
彼が見つめているのは、能見の首に刻まれた「666」のナンバーだった。
「獣の数字って、知ってるかな」
「はあ?」
いきなり聞き慣れない言葉を出され、能見は面食らった。彼のリアクションを気にせず、芳賀が続ける。
「聖書によれば、世界が終わるとき、角が十本、頭が七つある獣が世界を四十二か月間支配する、とされている。その獣が人々に刻む数字が、666。キリスト教圏においては、非常に不吉だとされている数だ」
「何が言いたいんだよ」
「つまりさ」
まだ分からないのか、とでも言いたげに、芳賀は肩をすくめた。
「トリプルセブンである僕が、幸運の象徴として回避能力を授かったのだとしよう。それとは反対に、君は不幸の象徴としてその怪しげな力を手にしたんだ。君の力は、全てを破壊し、世界を終わらせる力だ」
「そんなわけないだろ。現に今、俺は力を抑え込んで……」
言いかけて、能見は視線を落とした。左腕に違和感を覚えたからだ。
痙攣を始めた腕は、もはや稲妻の力をとどめていられなかった。四方八方に散った紫電が、闇を切り裂いて激しく火花を散らした。




