011 打ち消し合う力
「これで分かっただろう。君が僕に勝つなんてことは、絶対に不可能だ。大人しく武器を捨て、投降してくれないか。少なくとも、殺しはしないからさ」
おそらく、これが最後通牒だ。芳賀の提案を蹴れば、あとには殺される以外の道は残らない。
「……お断りします」
能見が息を呑んで見守る中、陽菜はゆっくりと首を振った。呼吸をある程度整え、彼女がナイフを上段に構え直す。
「なぜなら、私があなたに勝てないと決まったわけじゃないからです」
「何だって?」
ぴくりと眉を動かし、芳賀が聞き返す。それと同時に、陽菜は地面を蹴り飛ばしていた。敵の懐へ飛び込み、真上から刃を振り下ろす。
「無駄だと言っているだろう。そんな攻撃、僕に当たるはずが……」
横へ飛び退き、芳賀が余裕の笑みを見せたのは僅かな間だけだった。その表情が、途端に強張ったものに変わる。
間一髪で反応し、自身の持つナイフで斬撃を受け止めた。けれども、芳賀は動揺を隠せなかった。
先刻、彼は陽菜の放った攻撃をかわそうとした。しかしなぜか避け切れず、咄嗟の判断で凌いだのだった。
「馬鹿な。僕の回避は完璧だった。それなのに、どうして」
「答えを教えてあげましょうか?」
刃と刃をぶつけ合ったまま、陽菜がうっすらと笑む。
「私の持っている力は、未来予測。少し先のビジョンを見て、それに応じて最適な行動を取れます」
「まさか」
芳賀の目が、大きく見開かれた。
「……そう。多分、あなたが考えている通りです。あなたが私の攻撃を全部かわすというのなら、その回避モーションをも予測してしまえばいい。この力があれば、私はあなたの動きを完全に見切れます!」
「勝利を確信して、自分の能力を喋ったのが仇になりましたね。もう同じ手は通用しませんよ」
一旦後ろへ下がり、芳賀と間合いを保ちながら、陽菜は言った。
「……だから、どうしたって言うんだい。調子に乗らないでくれよ」
苛立たしげに彼女を睨みつけ、芳賀はその頭脳をフル回転させている最中だった。
予知能力を持つ者は、彼の部下の中にもいる。だが、これほどの精度で敵の動きを読める者は見たことがなかった。おそらく、この女の能力はかなりのものだ。油断は禁物である。
「仮に僕の回避を全て見切ったとしても、それに対応できなければ意味がない。結局のところ君は、やっと僕と同じ土俵に立った、というだけだ」
にもかかわらず、ごく短い時間のうちに、芳賀は陽菜の力の弱点を見抜いていた。
彼女の力は、あくまで知覚のみを研ぎ澄ますというものだ。肉体の強化は行われない。
「僕の回避能力を、君の未来予測が相殺した。じゃあ、あとは純粋な格闘戦だ。……けど、傷を負って満足に動けない今の君が、僕を倒せるかな?」
仕切り直しだとばかりに、ナイフを握った芳賀が突進する。その表情には、冷静さが取り戻されていた。
陽菜が左足を僅かに引きずっていることに気づき、芳賀は作戦を決めた。動きの鈍くなる左方へ回り込み、果敢に斬りつける。
迎え撃つ陽菜だったが、芳賀の方が一枚上手だ。彼は小刻みにステップを踏み、常に彼女の左から斬りかかれるように備えていた。
さらに、彼の攻撃はナイフのみに頼ったものではない。テンポよく放たれる回し蹴りが、陽菜の腹部へ襲いかかった。
「あ、うっ」
はたして、彼女はかわせなかった。苦痛の声を漏らし、陽菜が膝を突く。
彼女とて、芳賀のキックを予知していなかったわけではない。だが足の怪我が響き、予測できても回避動作が間に合わないのだ。
隙を逃さず、そこへ芳賀が飛びかかる。月明かりに凶刃が光って見えた。
「君の予知能力は、非常に強力なものだ。正直、ここで別れを告げるには少々もったいないよ。だけど」
不敵な笑みをこぼし、青年は一思いにナイフを振り下ろした。
「僕たちと敵対するというのなら、相応の処罰を与えなければな!」
陽菜の両目が、恐怖に見開かれる。懸命に立ち上がり、逃げようとするも、昨夜撃たれた足は言うことを効かなかった。
勝負あった。芳賀の部下たちは皆、そう信じて疑わなかった。




