07 無限に続く物語
陽菜・和子ペアと合流したのは、彼女らが買い物をしていたビルの正面だった。
「お待たせ」
「能見くん遅ーい! 百二十分待ちだったよ」
「いや、絶対待ち時間盛ってるだろ。てか二時間も待たせてねえよ。テーマパークのアトラクションじゃないんだから」
ニコニコしつつとんでもないことを言い出した陽菜に、すかさず能見がツッコミを入れた。
実際には、陽菜たちが待っていたのはせいぜい十五分くらいだろう。二人のやり取りを眺め、唯はおかしそうにくすくす笑っていた。
「能見くんたちは何か買ったの?」
「特に何も。価格設定が明らかに学生向けじゃなかったし、ウインドウショッピングでいいかなって。陽菜さんは?」
「和子ちゃんが買ったついでに、私も下着買っちゃった! 能見くん、見る?」
「いや見ねえよ……」
通行人の行きかう渋谷のど真ん中で、陽菜が紙袋をガサゴソ漁り始めたので少々焦った。まさか、和子 に合わせて勝負下着を購入したのではあるまいな。
いずれはそういう関係になるのかもしれないけれど、少なくとも、公衆の面前で彼女の下着を見る度胸はない。
「――ところで、能見くん。唯ちゃんと一緒で楽しかった?」
陽菜がどんな下着を買ったのかと妄想を膨らませる暇もなく、彼女は笑顔で尋ねてきた。なぜだろう、笑顔が怖い。
唯とウインドウショッピングをしている途中、「陽菜さんがやきもちを焼いたり怒ったりしないだろうか」という懸念事項については一度考えた。どうやら、恐れていたことが現実になってしまったらしい。
「楽しかったというか、まあ、良い友人としていい感じの時間を過ごせたかな。ハハッ」
超曖昧な言い回しで逃げようとした能見だったが、陽菜はそれを許さなかった。怖い笑顔のまま肩にぽんと手を置き、能見を引きずるようにして歩き出す。
「そっかあ。私との初デート以上に楽しかったんだね。能見くんにお仕置きしないとなあ。うふふふふ」
「おい、そこまで言ってないだろ⁉ ……お、お前らも見てないで、助けてくれよ‼」
悲鳴を上げる能見と、彼をどこかへ連行していく陽菜。助けを求められ、和子はニコッと微笑んだ。
「ええっと、二人ともこれからデートの続きかな? 初めてのデートだったとは知らなかったなあ。邪魔しちゃってごめんね、でも今日は楽しかった! ありがとうね!」
「どうやったらこれが平和なデートの続きに見えるんだよ⁉」
またねー、とぶんぶん手を振る和子を前に、能見は頭を抱えた。
「なあ、清水も何か言ってやってくれよ!」
彼女が最後の希望、頼みの綱だ。祈る思いで視線を投げかけると、一瞬、唯を目が合った。が、すぐにぷいっと横を向かれてしまう。
はたして、彼女はニヤリと笑って呟いた。
「……リア充爆発しろ、馬鹿」
「清水ー⁉」
渋谷の街の片隅に、能見の泣きそうな声が響いた。もはや希望は絶たれ、彼はなすすべもなく陽菜に連行されていく。これから待っているのは彼女からのお説教タイムか、それとも罰として高そうなディナーでも奢らされるのか。能見にも分からない。
そんな彼らの様子を見送り、唯は「ふふっ」と笑い声を漏らした。瞳の奥には、熱い炎が静かに燃えている。
「今に見てなさい。私もいつか、素敵な彼氏を捕まえてやるんだから」
「その意気だよ、唯ちゃん!」
傍らで励ましてくれる和子の存在が、とても心強い。
ぷんぷん怒っていた陽菜と、半泣きになっていた能見。あのカップルとは対照的に、彼女ら二人は談笑しながら駅へ戻り、解散したのだった。
以上が、能見と陽菜の初デートのハチャメチャな顛末だ。
管理者の手で仕組まれた「サウザンド・コロシアム」計画は、ナンバーズと呼ばれた者たちの手で阻止された。長く苦しかった戦いが、ついに幕を閉じたのである。
しかし、彼らの青春の日々までもが終わったわけではない。
若さを燃やし、好きなことに一生懸命に打ち込み、能見たちは今という時代を生きていくのだ。
きっと、これからもずっと。その命が輝く限り、彼らの物語は終わらない。
今回をもちまして、外伝シリーズは最終回となります。「サウザンド・コロシアム」、完結です。
最後まで読んで下さった皆様、本当にありがとうございました!
外伝シリーズを書くにあたっては「管理者の生き残りが攻めてくる」「管理者を造ったアメリカの研究所は、実はまだ諦めていなかった」などの案もありました。
が、平和な世界を取り戻した後にまた戦いが始まるのはいかがなものか、と考え直し、ナンバーズが海上都市にいる間は描けなかった日常を中心に描きました。
「サウザンド・コロシアム」は完結しましたが、物語世界の中で能見たちは生き続けています。彼らの生きざまが、皆様の心に響く何かになれたのなら幸いです。




