05 バレバレ、片想い
「どうした? なんか、元気なさそうだけど」
歩いていると、能見にひょいと覗き込まれて、唯は「ひゃあ」と情けない声を上げてしまった。
「べ、別に。少し考え事をしてただけ」
ぷいっとそっぽを向いたが、そのくらいでは能見は誤魔化されなかった。困ったような顔をしている。
「考え事?」
「大したことじゃないけど」
彼と話しているうちに、隠しておくのも面倒くさくなってきた。いっそのこと、全部話してしまった方が楽かもしれない。それに、能見になら話してもさほど問題はないだろう。
「……私、しばらく前まで好きな人がいてさ。管理者との戦いが終わって日常に戻っても、その人のことがどうしても忘れられなくて。他の男の人と会っても、ついつい彼と比べちゃったりして、能見みたいに上手くいかないや」
えへへ、とばつが悪そうに笑う唯。
「和子も能見も陽菜ちゃんも、皆好きな人がいて恋愛を楽しんでるのに、私だけ取り残されてるような気がして。それどころか、人の恋路の邪魔ばかりしてるみたいで。嫌な女だよね、私って」
唯が照れたような表情を浮かべる。けれどもなぜか、能見はあまり驚いていなかった。
「あー、もしかして、それって荒谷のことか?」
「……な、何で⁉ 何で能見がそれを知ってるの⁉」
さっきまでの羞恥はどこへやら、今や唯は「信じられない」と言いたげに口をあんぐり開けていた。見るからに動揺している。
「何でって、一緒にいたら何となく分かるよ。それくらいはさ」
「何となく分かる……?」
唯の心の中で、何かがガラガラと音を立てて崩れた。
能見でさえ察していたのに、他のナンバーズが察していないということがあるだろうか。いや、ない。つまり、同じグループにいた菅井も武智も、芳賀も咲希も、皆知っていたということになる。(陽菜は天然ゆえに気づいていなかったかもしれない。)
『清水。お前、そういうのがタイプだったんだな』
『まあ、せいぜい頑張りや。ガハハ!』
憐れむような視線を送ってくる菅井、励ましているのか馬鹿にしているのか分からない武智の様子が、容易に想像できる。
『ふうん、なるほど。そうかそうか。別にどうでもいいけどね』
『あんた、よくもあたしの彼氏に手ェ出してくれたわね……』
あんまり興味なさそうな芳賀。そして、嫉妬の怒りを大爆発させる咲希。皆からどう思われていたのか考えると、唯は恥ずかしすぎて死にたくなってきた。
(私の短い人生の中で、ぶっちぎりで一番の黒歴史かも……)
真っ赤になった顔を両手で覆い、彼女は思わず、「ううーっ」と苦悶の叫びを上げた。
「おい清水、大丈夫か⁉」
羞恥に悶えている唯を見て、能見は「熱中症かもしれない」と判断したらしい。彼女を連れ、急いで近くの洋服店に入った。店内にいくつか置かれていたベンチに唯を座らせ、冷房に当たらせて休ませる。
「大丈夫。フィジカル的には平気だから」
唯は疲れた顔で答えた。なお、メンタルは死んだ模様。
「変だよね。荒谷さんには咲希ちゃんという恋人がいたのに、私の勝手な片想いを押しつけて。馬鹿みたい、私」
弱々しい声音で紡がれた言葉を聞いて、何か思うところがあったのだろうか。真剣な表情になり、能見が呟く。
「……俺、あいつに殴られたことがあってさ」
「えっ?」
唐突に話題が変わったように感じて、唯は戸惑った。あの荒谷が能見を殴ったということにもびっくりしたが、その話と唯の片想いに何の関係があるのだろう。
ベンチに並んで座り、ぽつりぽつりと能見は続けた。咲希が高熱を出して倒れたとき、荒谷がその原因を能見に求めたことを。劇的な作用を持つ「6」番の力を数回にわたってコピーしたことが、咲希の肉体を蝕んだのではないかと推測したことを。
「……ん? でもそれって、別に能見は悪いことしてなくない? 確かに咲希さんが衰弱したのは可哀想だけど、元はと言えば『6』番を投与した管理者が悪いんだし。能力をコピーさせたのだって、副作用があると知っててやったわけじゃないんでしょ?」
唯の頭の上には、疑問符が浮かんでいた。言い方は悪いけれども、荒谷のしたことは八つ当たりに近いようにも感じた。
一か月近く前に殴られた頬を手で押さえ、能見は苦笑した。その目はどこか遠くを見つめている。
「ああ、確かに理不尽なことされたかもな。結構痛かったし。けど、俺思ったんだ。あいつ、すげえいい奴なんだなって」
「えっ?」
三度、唯が聞き返す。
「恋人のためにあそこまで熱くなれる男は、なかなかいねえよ。だから、清水があいつのことを好きになったのは、決して間違いじゃないと思う。後悔する必要はないと思うぜ」
「……うん」
不意に視界が涙で滲んで、唯は慌てて目元を拭った。
黒歴史なんかじゃなかった。荒谷に対する自分の想いは、間違いじゃなかった。想いが叶うことはなかったけれど、彼のことを好きになれて本当に幸せだった。
ナンバーズの皆で焼き肉を食べに行ったとき、自分の気持ちに一度区切りをつけたのは確かだ。ただ、あのときのように唯自身が自分を納得させるのではなく、誰かの言葉が自分を認めてくれたのが嬉しかった。今度こそ、本当の意味で一つの区切りがついたのだと思う。
(ずるいよ。そんな言葉)
能見の何気ない一言で、自分の過去が肯定されたように感じた。それがどうしようもなく嬉しかった。
「本当に、具合が悪いわけじゃないんだよな?」
「大丈夫。大丈夫、だから……」
再びうつむき、嗚咽とも呻き声とも分からない声を上げた唯を、能見はおろおろしながら見守っていた。




