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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
外伝④ 唯と和子とパンケーキ
212/216

03 よみがえる記憶

 思案の末、唯は「紅茶ミルクパンケーキ」、和子は「チーズムースパンケーキ」のベリーソースがけを注文した。


 前者には自家製グラノーラと濃厚なミルクソースがかかっており、後者にも同じく自家製のベリーソースが贅沢にかかっている。カシスの風味も効いて、まろやかなくちどけだ。


 パンケーキの写真を撮ったり、風味を堪能したり、お喋りに花を咲かせたりして時間は過ぎていく。そして、四人ともパンケーキを食べ終わってから直面した問題は、「この後どうしようか?」だった。


 本来、今日は能見と陽菜にとって初めてのデートの日。その二人の記念日に、唯と和子が偶然居合わせたかたちになっている。陽菜が行きたがっていたスイーツ店への訪問はこれで済ませたわけだし、元々のデートプラン通り、次の場所へ移動してもよかったのだが。



(せっかく会ったのに、すぐ解散にするのもちょっとアレだよな)


 店を出るギリギリまで、能見は迷っていた。


 大学生の夏休みは長いけれども、永遠に続くわけではない。この機会を逃せば、唯や和子たちと会う機会はなかなか訪れないかもしれなかった。海上都市でともに戦った仲間と過ごせる貴重な時間を、そう簡単に見逃していいものだろうか。


 かといって、陽菜とのデートをないがしろにしていいわけがない。「何か良い案はないか」と一人悩んでいた能見を救ったのは、あろうことか和子だった。


「あのっ、陽菜ちゃん!」


 スイーツ店が入っていたビルから出てすぐ、彼女は緊張した面持ちで言った。


「どうしたの? 和子ちゃん」


「実は、この後寄りたいところがあるんだけど、一緒に来てもらえないかな」


「寄りたいところ?」


「うん!」


 きょとんとしている陽菜に、和子は恥じらいながら打ち明けた。


「……その、下着を選ぶのを手伝ってもらいたくて。私、そういうことよく分からないから」



「下着……?」


 陽菜が首をかしげる。


 なお、聞いてはいけない話を聞いてしまった気がしたので、能見は顔を背けて「ゴホン」とわざとらしく咳払いしていた。たぶん二人とも天然だからだろうが、彼がいるにもかかわらず男子禁制のガールズトークを始めようとしている。


「いいけど、唯ちゃんに選んでもらうのじゃダメなのかな?」


「うーん、唯ちゃんはそういうのに疎そうだからなあ。その点、陽菜ちゃんなら経験ありそうだし?」


「……わ、悪かったわね、疎くて!」


 顎に手を当てて考え込む和子。ナチュラルにディスられて、一方の唯は赤面しつつ反論した。


 おそらく、こういうことだろう。和子が買おうとしているのは、下着は下着でもいわゆる勝負下着。気になる異性のハートを射止めるため、最適なものを買いたいと思っていた。


 しかし、恋愛経験に乏しい唯のアドバイスは参考になりそうにない。そこで、能見と付き合い始めた(と思われる)陽菜の意見を仰ごうと思った。


 ちなみに、陽菜にはそこら辺の細かいニュアンスが理解できておらず、「へえ、和子ちゃん、下着を買いたいんだ!」と思っていた。純粋である。



 そういうわけで、別行動をとることになった。


 陽菜と和子は駅前まで戻り、女性向けファッションビルに入る。当然ながら能見にとっては入店しづらい場所なので、彼は外で待っていることになった。


「さすがに一人で待たせるのは可哀想だから」と、唯も一緒に残ることになった。もっとも、彼女が陽菜たちに付いて行っても疎外感を味わうかもしれないし、妥当な判断だろう。


「……暑いな」


「そうね」


 円筒形のビルの自動ドアを、和子と陽菜がくぐっていく。その後ろ姿を見送りながら、能見たちは囁き合った。


 ビル内は冷房が効いていて快適なのだろうが、外は灼熱地獄だった。どこかへ移動して涼みたいところである。


「二人が買い物を終えるまで、どれくらいかかると思う?」


「一時間くらいはかかるんじゃない?」


「なら、少し歩いて待ってようか」


 言うが早いか、能見は歩き出した。慌てて唯が後を追う。


「ちょっと、どこに行くつもり?」


「喫茶店かどこかで時間を潰すだけ、ってのもつまらないだろ。せっかく街に出てきたんだし、散歩がてらショッピングでもしようぜ」


 飾らない笑顔で振り返り、能見が手を差し出す。不覚にも、唯はドキリとしてしまった。刹那、固まって彼の手を見つめる。



(……何なの、これ。二人で出かけて、彼にリードされて。まるでデートみたいじゃない)


 長い間味わっていなかったドキドキが、胸の奥によみがえった気がした。忘れようとしたはずの記憶、荒谷匠とは別の男性と過ごした思い出が、一瞬だけ脳裏をよぎった。


 能見としては、別に深い意味があって手を伸ばしたわけではない。事実、二人の手と手が触れ合ったのはほんの僅かの間だった。


(あの人は、こんな風に私の手を引いてくれてたっけ)


 それでも唯は、心がちょっとだけ痛いように感じた。痛いけれど、どこか懐かしい感覚だった。


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