07 無敵の幸運
外に出て、アパートの間の路地のような通りをあてもなく歩く。とうに日は沈み、辺りは闇に包まれていた。
「――貴様、よほど死にたいらしいな」
背後に、ザッ、という足音と異形の者の気配を感じ、芳賀がゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは、オーガストとメアリー。昼間にやり合った二体の怪人だった。
メアリーの肌の灰色が少し濃くなり、かぎ爪もより長く、鋭くなっている。芳賀には知るよしもなかったが、オーガストが自身に投与されたのと同じ「4」番の薬剤を投与し、彼女の肉体を強化したのだった。
監視カメラの映像によって、「管理者」は被験者の現在位置を特定できる――今回、オーガストとメアリーが彼に接触できたのはそういうわけだった。今の芳賀は、まだその事実を知らない。
「またしても、護衛をつけずに外出か。狙ってくださいと言わんばかりだ」
「その通り。狙ってほしかったのさ」
悪戯な笑みを浮かべ、芳賀が右手にナイフを構える。ある程度のリスクは承知の上で、彼は賭けに出たのだった。
「今度こそ、君たちを倒すためにね!」
「愚かな。今の貴様に何ができる。……奴を仕留めろ、メアリー!」
「ガルルルルゥッ」
命令に雄叫びで応え、グレーの女怪人は芳賀へ飛びかかっていった。両手の爪を交互に振るい、トリプルセブンの体を引き裂こうとする。
「無駄だよ」
その斬撃をひらりとかわしてみせ、芳賀が地面を蹴り飛ばす。メアリーの攻撃を華麗にかいくぐりながら接近し、ナイフを突き出した。
「今の僕に迷いはない。僕の幸運の力は、誰にも負けない!」
研ぎ澄まされたその一撃が、メアリーの胸部へと突きこまれていく。芳賀の攻撃のキレは、完全に復活していた。いや、以前よりも威力が増しているかもしれない。
このままでは、彼のナイフが実験体の心臓を貫いてしまう。焦ったオーガストは、再び揺さぶりを書けようとした。
「トリプルセブン。貴様、『564』を殺したことを悔やんでいたのではないのか。実験体メアリーをも手にかけ、同じ過ちを繰り返すつもりか?」
「君たちは人の心を持たない怪物だ。板倉とは違う!」
オーガストへは一瞥もくれずに、芳賀は吠えた。そして、真っ直ぐに目の前の敵へ向かって行った。
「板倉を手にかけるしかなかった弱さは、僕の罪だ。僕はそれを一生背負って戦い続ける。――僕は強くなる。仲間たち全員を守れるくらい、強く!」
刃が灰色の怪人の心臓に刺さり、静かに引き抜かれる。メアリーはピクピクと体を痙攣させながら倒れ、やがて動かなくなった。
溢れ出した血が止まることもない。再生能力が働かず、彼女が負った傷は修復されない。
「……それが貴様の覚悟か」
たった一撃で、芳賀はメアリーの急所を正確に刺し貫いた。追加投与によってさらに強化された怪人だったにもかかわらず、だ。
以前とは見違えるほどの強さを得たトリプルセブンを、オーガストは眩しそうに見た。敵ながら見事だと感じているのかもしれなかった。
「できれば、君のこともここで倒しておきたいんだけどな」
「遠慮しておこう」
深緑の怪人が無愛想に言う。
「だが、我と貴様はまた戦うことになるだろう。いずれ必ず決着をつける」
そう吐き捨てるが早いか、オーガストはアパートの屋上まで跳び上がった。前回のごとく、屋根伝いに逃走していく。
「……せいぜい、楽しみにしておくよ」
誰に言うでもなく、芳賀はそう囁いた。彼の表情は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。
「お前、やっぱり使えねえ奴だな」
モニタールームにオーガストが帰還して、紅の怪人は開口一番に吐き捨てた。壁一面を覆うモニター前の椅子から立ち上がり、つかつかと詰め寄る。
「メアリーを無駄死にさせやがって。しかも、カメラの記録映像によれば、お前がトリプルセブンを煽るようなことを言ったから弱点がバレちまったみたいじゃねえか。ああ?」
「アイザック、貴様は結果論を語ることしかできないのか。そこまで言うのなら、貴様が奴と戦ってみればいい」
「何だと」
淡々とした口調で反論されたことが、かえってアイザックを怒らせた。近距離で睨み合う二人にはただならぬ雰囲気があり、ケリーが慌てて割って入った。
「ちょっと、二人とも。落ち着きなさい」
「……彼女の言う通りだ。静かにしてくれないか」
デスクに座り、武装ガジェットのメンテナンスを行っていたスチュアートが、おもむろに手を止めて顔を上げる。彼の視線はオーガストへ注がれていた。
「メアリーが倒されたこと自体は、大した問題じゃない。彼女の戦闘力は通常のクローン体以下で、ほとんど戦力になっていなかったからね」
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次回で外伝③『アナザーヒーロー・トリプルセブン』は完結となり、以降は唯と和子にスポットを当てた短編をスタートさせる予定です。




