06 前に進む決意
シャワーを浴びて布団に入ってはみたが、眠れない。オーガストから投げかけられた言葉の一つ一つが反芻され、心が抉られるようだった。
(また外に出てみようか? ……いや、やめた方がいいだろうな。僕の回避能力をもってしても、闇討ちには対処しきれない可能性がある。護衛もつけずに出歩くのは無謀だ)
となると、散歩するとしてもアパート内に限られるだろう。このアパートで寝起きしている者で、グループのリーダーが訪ねていっても驚かないような相手は誰か。
追い返したばかりの浅沼に会うのは気まずい。ならば、グループの主戦力となった能見や陽菜はどうだろう。
(うん、邪魔したら悪いね)
芳賀はその案を即座に却下した。何せ彼らは「空き部屋は十分にあるのに、一つの部屋で寝ることを選んだ」という、傍から見れば超絶変態なカップルなのだから。
本人たちは関係を否定しているが、何だかんだ二人で楽しく過ごしていそうではあるし、自分が割って入らない方が無難な気がした。
能見と陽菜の関係について邪推していると、ふと林愛海のことが頭をよぎった。オーガストやメアリーに戦いを挑まれてすっかり忘れていたが、彼女の身の周りの世話を二人に頼んだのだった。
板倉の死体が消えたとき、責任を感じた愛海は気絶してしまった。一時的な立ち眩みであれば良いのだけれども、熱があるらしいとも聞いている。
(……考えてみれば、最近グループに入った能見や陽菜さんに愛海さんの世話を任せて、リーダーである僕が何もしないというのは良くないことかもしれない。時々様子を見に行くくらいのことは、した方がいいんじゃないかな)
少し考えてから、芳賀は布団から起き上がった。
玄関で靴を履き、愛海の部屋へ向かう。
ノックをしたが、返事はない。鍵のかかっていないドアをそっと開けると、部屋に灯りは点いていなかった。
(もう寝てしまったのかもしれないな)
せめて寝顔を一目見てから帰ろうか、と芳賀は思った。病人を起こさないように、抜き足差し足で部屋の中を進んでいく。
はたして、彼女は穏やかな寝息を立てて布団にくるまっていた。暗くて顔がよく見えないが、ほのかに赤みが差しているようだ。やはり熱があるのだろうか。
(板倉の遺体が消えていたことが、そんなにショックだったのか?)
愛海としては、片想い中の相手に自分の失態を見られたのがショックだったのだけれど、芳賀がそのことを悟るのはもう少し先の話だ。青年は首をかしげていた。
発熱以外の症状は見られない。部屋で安静にして入ればいずれ回復するだろう、と思い、芳賀が立ち去りかけたときだった。
「……トリプルセブン様」
不意に名前を呼ばれ、固まる。まさか愛海は起きていて、これまでの自分の挙動をすべて見ていたのだろうか。
恐る恐る振り返ると、彼女は目をつぶったまま、苦しそうに唸っていた。どうやら悪夢にうなされているらしい。
「助、けて……」
かすれた声で呼ばれて、いてもたってもいられなくなった。普段の冷静さを捨て、芳賀は情熱的とも思える行動に出た。つまり、寝ている愛海の側へ屈み込んで、その手を握った。
「大丈夫だよ。僕が側にいる」
そうやって何度も優しく声をかけてやっているうちに、愛海の強張った表情も和らいできた。
思い出すのは、はじめて彼女と出会ったときのことだ。能力に目覚めておらず、戦うすべを持たなかった愛海を救ったのは芳賀だった。あのときも、こうして彼女の手を引いていた。
愛海にとって自分は命の恩人で、グループのリーダー。何の力も持たず、絶望しかけていた彼女は、芳賀のことを頼りにして今日まで生きてきたに違いない。
いや、愛海だけではない。これまでに戦い、グループのメンバーに加えてきた者すべてが、リーダーである芳賀を頼りにしている。彼らの命を、自分が預かっていると言っても過言ではない。
(……そうだ。僕は、部下たち皆に頼りにされている。リーダーの僕がしっかりしなくて、誰が愛海さんたちを守るんだ)
原因不明の発熱に苦しんでいる愛海。もし自分がオーガストたちに敗れたら、彼女はどうなる。「管理者」の恐るべき計画の餌食にされ、板倉のような姿に変わってしまうのではないか。
(そんなこと、絶対にさせない。僕が彼女を守る。守ってみせる!)
今、芳賀の心から迷いは消えていた。
前に進む決意を新たに、彼はそっと愛海の部屋を出た。




