01 オーガストの逆襲
外伝③の時系列は、「037 プチ引っ越し」の辺りになります。
芳賀が能見と陽菜に愛海さんの世話を頼んだ後のお話です。
彼はなぜ、愛海さんのことを2人に任せたのか? その理由も明らかにしていきます。
差し込む光は、小窓から降り注ぐ月光のみ。
薄暗いモニタールームの扉が開かれ、黒い皮膚を持つ怪人が現れた。
「――おかえり、オーガスト。さっきの君の戦いは、監視カメラで見させてもらったよ」
回転椅子をくるりと回し、スチュアートが彼に向き直る。
「切り込み隊長役を買って出たはいいが、大した成果を上げられていないようだね」
「いや、それは……」
深緑の怪人は意地悪そうに笑った。対するオーガストは怯んだ素振りを見せ、その場で立ちすくんでしまった。
スチュアートが何を批判しているのかは明白だった。それまでモニターを眺めていた紅の怪人も振り向き、オーガストを睨む。
「トリプルシックスたち四人を圧倒したところまでは良かったけどよ、トリプルセブンが加勢しに来たらあっさり引き上げやがって。お前、やる気あるんだろうな?」
「まあまあ、その辺にしなさいよ。オーガストにもきっと、何か考えがあってのことでしょう。ねえ?」
追及の手を緩めようとしないアイザックを見かねて、同じくモニターと向き合っていたケリーが動いた。示し合わせたようにスチュアートと目で頷き合ってから、オーガストを横目で見る。
助け舟を出したようにも思えるが、「もし考えもなしに行動した結果だったら、ただじゃおかないわよ」と暗に脅しているようにも受け取れる。いずれにせよ、返答次第でオーガストの立場はかなり危うくなりそうだった。
「……我はただ、トリプルセブンと我では能力の相性が悪いと判断して退いたまでだ。決着のつかない戦いを延々と続けるよりは、はるかに賢明な判断だったと考えている」
三体の同胞から視線を逸らし、深緑の怪人は大きく息を吐き出した。自らを落ち着けようとしているようだった。
「777」のナンバーが刻まれた例の被験者は、自身が「攻撃」だと認識したものすべてを回避することができる。回避不可能なほど広範囲に攻撃を仕掛けたり、「攻撃」だと認識される前に不意打ちで仕留めたりできれば話は別なのだが、オーガストには難しい。頑丈な皮膚を活かし、純粋な格闘のみで戦う彼に、前者のような芸当は無理というものだ。
では、不意打ちをすればいいのでは――とも思ったけれども、予知能力を使えるトリプルワンを敵に回している限り、奇襲が成功する確率はゼロに近い。
以上のように状況を整理した結果、オーガストは攻撃を中断したのである。元々口数の少ない性格ゆえ、彼の考えすべてを伝えられたかは怪しかったが。
『この人数の「ナンバーズ」を相手取るのは、さすがに分が悪そうだ。今日のところは退くとしよう』
あのとき、能見たちに告げた台詞の裏には、トリプルセブンへの苦手意識が隠れていたわけだ。
「撤退こそしたが、ナンバーズにはグループを解散するようにと警告を与えてある。しばらくは大人しくしているはずだ」
何も手ぶらで帰ってきたわけではない、と強調するように深緑の怪人が続ける。
『これが最後の警告だ。お前たちが率いているグループを解散し、この街を原初の混沌へと戻せ。グループが形成されて争いが減っている現状では、優秀なサンプルを回収できない』
オーガストたち管理者の目的は、薬剤を投与した被験者たちに力を使わせ、サンプル(=怪人)の姿に変えることだ。ナンバーズが大規模なグループを統率し、被験者同士の争いが減っている今の状態は好ましくなかった。だから、立ち去る前に警告を与えてきたのだ。
「さあ、どうだかな。モルモットどもが素直に『はい、分かりました』と聞き入れるとも思えねえけどなあ」
「警告の効果がどこまで期待できるかは不明だ。……が、ともかく、最も重要な問題はトリプルセブンへの対処だろう。奴さえいなければ、あの場でナンバーズを全滅させることも不可能ではなかった」
茶々を入れてくるアイザックを無視して、オーガストは自信ありげに言った。そして、スチュアートの目をじっと見た。
「例の失敗作を使わせてくれないか。あれを用いれば、トリプルセブン攻略も可能だと思われる」
「……ああ、あれか」
構わないよ、とスチュアートが微笑を浮かべる。彼にはオーガストの考えが読めているようだった。
「次こそは期待しているよ、オーガスト」
「任せろ」
ナンバーズたちの誰も知らない薄闇の中で、今、新たな陰謀が動き出そうとしていた。




