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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
外伝②「がんばれ!愛海さん」
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04 スタート!板倉の手当て

 芳賀さんに通された部屋には、男の人たちが寝かされていました。


 敷布団が五つ、ほとんど間隔を開けずに敷かれています。その上に同数の怪我人が横になり、唸ったりぶつぶつ呟いたりしています。


「い、痛え……」


「畜生、油断しちまった」


 確かに、彼らの傷口には包帯が巻いてあります。けれど、巻き方が部位に応じたものになっていませんし、止血や消毒の仕方も少し雑に感じました。やっぱり、専門知識のある私がやった方が良さそうです。


「皆さん、大丈夫ですか⁉」


「誰だ、あんたは。見かけねえ顔だな」


 髭面の太った患者さんが、無遠慮にじろじろ見てきました。怯みそうになりましたけど、頑張って声を張ります。


「あのっ、今日から救護係に任命されました、林愛海です。すぐに手当てをします!」



 看護学校の実習を思い出しながら、私は患者さんたちの元へ駆け寄りました。近くにあった段ボール箱の中から治療キットを取り出し、さっそく一人目の手当てを始めます。


 芳賀さんは黙って様子を見ていましたが、やがてこくりと頷いたかと思うと、部屋から出て行きました。「愛海さんに任せても大丈夫そうだ」と思ってくれたのかもしれません。そうだといいなあ。


「太ももを浅く斬られちゃって」


 一人目の患者さんは、こう言って苦笑いしました。背が低くて色白で、穏やかそうな人でした。


 見ると、ズボンの一部が破れて血が滲んでいます。包帯は申し訳程度にしか巻かれていませんでした。幸い傷は深くないようですけど、これでは歩くのに苦労しそうです。


「分かりました。すぐに傷を――」


 と、そこまで言いかけて、私はフリーズしてしまいました。太ももに怪我をしているということは、つまりズボンを脱がせないといけないことになります。治療に必要なことなので仕方ないですけど、ちょっと恥ずかしかったです。


「し、失礼しますっ!」


 なるべく下着を見ないようにしながら、私は彼の服を脱がせていきました。ですが。今度は別のものが目に入ってしまいました。



(はうっ⁉)


 それは、彼の毛深くて筋肉質な足です。女である自分のものとは明らかに異なる、男らしい肉体。草食系っぽいルックスとは裏腹に、彼の脚部は強烈に男らしさを主張してきました。思わずドキドキしてしまいます。


 いわゆる「ギャップ萌え」というやつでしょうか? ……ご、ごめんなさい! 仮にも看護師の卵なのに、こんなこと考えちゃったりしたらダメですよね。


 私が通っている学校では、二年生から実習の授業が始まります。この街に来たのは二年生へ進級して間もなくだったはずなので、実は私、ほぼ実習経験がないんです。実際に患者さんを前にして治療をするのは初めてに近くて、緊張してしまいます。



「救護係さん、ひょっとして具合が悪いんですか?」


 ふと気がつくと、草食系さんが心配そうに私の顔を覗き込んでいました。


「顔、赤いですよ?」


「そ、そうですか⁉ すみません」


「何で謝るんです……?」


 純朴そうな彼の言葉を聞くと、ますます恥ずかしくなってしまいます。


(意識しないようにしなくちゃ、ダメですよね。こんなことじゃ、芳賀さんに呆れられてしまいます)


 憧れのトリプルセブン様のことを考えると、仕事に身が入る気がしました。


 それからてきぱきと包帯を換え、傷口をきちんと消毒し、私はどうにか草食系さんの治療を終えたのです。



「ありがとう」


「助かったよ」


 口々に笑顔で礼を言われて、何だかくすぐったいような、照れくさいような気持ちです。


 二人目から四人目の治療も終わり、最後に髭面の男の人を残すのみとなりました。私が入室したとき、「誰だ、あんたは」と声を掛けてきた方です。正直、怖い人なのかなあと思ってびくびくしていました。


「……手首」


「えっ?」 


 その彼が、不愛想にぼそっと呟きました。


「だから、手首を斬られたんだよ。早く治療してくれ」


 よほど戦いに負けたのが悔しかったんでしょうか。私の目を見ようともせず、怪我をした右手首をずいと突き出してきます。


「わ、分かりました!」


 ともかく、この人の機嫌を損ねるのはまずそうです。スピーディーにかつ丁寧に包帯を換え、消毒を済ませます。


 本当なら傷口にワセリンを塗ったりするのも効果的なんですけど、この人工都市内にはないみたいです。少なくとも、私たちに配布された物資の中には見当たりませんでした。


「……畜生。こんなはずじゃなかったのによ」


 手当ての最中にも、その太った男性は苛立ちを隠しませんでした。何だか私も叱られているような気がします。


「板倉さん、昨日のあれは傑作でしたね」


 彼が愚痴る声が、部屋に響くほど大きかったからでしょう。三番目に手当てをした短髪の男の人が、おかしそうに笑いました。


「一番に突っ込んでいったのに、あっさりやられちゃうんすから」


「そうそう。情けないったらありゃしない」


 四番目に治療した、丸眼鏡を掛けた男性も調子を合わせます。どうやらこの二人は、髭面の「板倉さん」と仲が良いみたいでした。

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