01 いきなり大ピンチ!
愛海さんの初登場は「015 異形の姿」ですが、この短編では、芳賀と出会う前の彼女の物語を書いていきます。
よろしくお願いします。
「待ちやがれ、小娘!」
後方から、足音と怒鳴り声が近づいてきます。続いて、二発の銃声。
「はわわわ~っ⁉」
私の耳のすぐ横を弾丸が通り過ぎていって、思わず情けない悲鳴を上げちゃいました。もう泣きそうです。というか、泣いてます。
アパートとアパートの間、細い路地を一生懸命走ります。でも、どう考えても追手の男の人たちの方が体力ありそうですし、足も速そうです。人が一人やっと通れるくらいの幅しかないこの路地では、いずれ追いつかれるのは明らかでした。
「ふええ……。何で、何で私がこんな目に⁉」
顔を涙でぐしゃぐしゃにして、私はふらふらになりながら足を動かし続けました。途中で何度も転んだりぶつかったりしたので、ロングスカートから覗く足は擦り傷だらけです。痛くて辛くて、ほとんど気力だけで体を動かしてます。
ただ「死にたくない」という一心で、ポニーテールをぴょこぴょこ揺らし、頑張って走っています。
あっ、どうも、皆さん。林愛海です。ええと、まず初めに状況を説明しないといけませんね。
なぜ私が今、男の人たちに追われて必死で逃げているのかと言いますと――あの、元はと言えば私が悪かったんです。
ある日、気がつくと私はアパートの一室に寝かされていました。信じられないような話ですけど、そこは壁に囲まれた人工都市だったんです。外の世界に帰るためには、私と同じように連れてこられた千人の被験者同士で戦って、戦績上位百名に入らなければならないそうです。
正直、私自身、まだ現実を受け入れられていません。部屋のスピーカーから声がして、このデスゲームのルール説明をしてくれたんですけど……何だか、悪い夢を見ているみたいです。夢であってほしいです。
あっ、すみません、脱線しちゃいました。
ともかく、そんな感じでデスゲームが始まりました。私たちには一人一人ナンバーが割り振られていて、何らかの能力も与えられているみたいです。私にも、ほら、首に「036」の数字があるでしょう?
私は何の力も使えませんでした。もしかしたら、本当は力があるけど気づいていないのかもしれません。使い方が分からないだけなのかもしれません。でも、この街で生き残るために役立ちそうな能力がなかったのは確かです。
私が目覚めた部屋には、もう一人女の子がいました。少しぽっちゃりしていて、人が良さそうな子でした。けれど、私が能力を使えないことが分かると、彼女の態度は豹変したんです。
「まずはあんたからだ」
そう言って、名前も知らない女の子は殴りかかってきました。
「悪く思わないでね。あんたを倒せば、それだけ私が生き延びられる確率が上がるんだよ!」
間一髪でかわしましたけど、ぞっとして冷や汗が出ました。生きるか死ぬかという極限状況に置かれたとき、人は人でなくなってしまうのでしょうか。彼女の目はとてもぎらぎらしていて、他人を蹴落とすことに夢中になっていました。
街にある食料は限られていて、それが殺し合いを必然的に加速させています。生きるためには、他の誰かを殺すしかない。歪んだ食物連鎖のような運命が、千人全員に課せられていたのです。
命からがら、私はそのアパートから逃げ出しました。どうにか助かったのは良かったんですが、着の身着のまま出てきたので、食料を一つも持っていません。もちろん、武器になりそうなものもゼロです。
(私、これからどうすればいいんでしょう……)
運良く乱闘に巻き込まれなかったとしても、このままではいずれ飢え死にしてしまいます。かといって、誰かを手にかけて食料を奪うなんてこと、私には絶対できません。
小さい頃から、看護師さんに憧れていました。苦しんでいる患者さんに寄り添い、励ます姿を尊敬して、いつしか「自分も看護師になって人の命を救いたい」と思うようになったんです。命を奪うためではなく、救うために私は生きています。そう信じたいんです。
途方に暮れ、あてもなく通りをさまよっていた私は、ちょっと不注意になっていたのかもしれません。男の人たちがたむろしている十字路に、うっかり足を踏み入れてしまいました。
「侵入者だ」
私を指差して、サングラスをかけた怖そうな男性が叫びました。
「トリプルセブン様の縄張りには、蟻一匹忍び込ませねえぞ!」
モヒカン頭の、体格の良い男の人もこっちを睨んできました。かと思うと、二人はナイフと拳銃を携えて追いかけてきたんです。
どうやら私は、「トリプルセブン」と呼ばれている人のテリトリーへ入ってしまったみたいです。それがどういう人なのかは分かりませんが、たぶん、この街では一種の派閥が形成されているのではないでしょうか。強い能力を持っている人の元に、他の被験者が集まってグループを作る、みたいな感じで。
と、まあそういうわけで、現在に至るんですけど……。
「ふえっ、行き止まり⁉」
カクッと右に折れたところで、路地はいきなり終わっていました。
「そ、そんなあ……」
呟き、私はへなへなと座り込んでしまいました。散々走り回って、もう心身ともに限界でした。
すぐ後ろには、サングラスとモヒカンの二人の男性が迫っています。逃げ場はなく、抵抗しても無駄なのは明らかでした。何といっても、こっちは丸腰なんです。
恐る恐る振り返った私へ、サングラスの方が拳銃を突きつけてきました。
「余所者を逃がすわけにはいかなくてな。大人しくしてもらおうか。場合によっちゃ、俺たちの仲間にしてやってもいいからよ」
その頃には、涙も止まっていました。いえ、枯れ果てたというべきでしょうか。「殺されるかもしれない」という圧倒的な恐怖に呑み込まれそうでした。




