11 失われた美しい音楽
「……あとは、ご両親にも話した通りだ。グループを結成して頑張っていた俺たちの日々は、管理者の乱入で終わりを迎えた。最期の瞬間まで、美音さんは俺たちのために一生懸命尽くしてくれていた」
そこで一旦言葉を切った。過ぎ去ったはずの日々が、昨日のことのように思い出されてくる。
過酷な戦いと隣り合わせではあったものの、過ごした時間は楽しかった。それもすべて、美音が皆をいつも勇気づけてくれていたからだ。
「すごいなあ。お姉ちゃん、あの街ではスーパーマンになってたんだね」
奏は既にハンバーガーを食べ終え、フルーツジュースも飲み干していた。身を乗り出し気味に、興味津々で菅井の話に耳を傾けている。
「ただし、この話は他言無用で頼む。――世間的には、俺たち元被験者は『特別な力を持たない普通の人間』ということになっているからな。元被験者が奇異の目で見られることのないようにと考えて、俺たちに与えられた力については公表していないんだ」
「もちろん!」
菅井が釘を刺すと、彼女は真剣な表情でこくりと頷いた。あまり驚いた風には見えなかった。
「実を言うと、報道を見たときからなんとなく違和感はあったんだよね。だって、普通の人間が『管理者』みたいな怪物を倒して、海上都市から脱出するなんて無理ゲーじゃない? 何かこう、特別な力とかがあったら説明がつきそうなんだけどなーって」
奏は意外と勘が鋭いらしい。もしかすると、彼女が菅井から話を聞きたがったのも、こうした違和感があって真実を知りたかったからだろうか。
「その……嫌ではなかったか? 美音さんが、普通の人間にはない特別な力を持っていたと知って」
「ううん、全然。お姉ちゃんはお姉ちゃんだし。むしろ、超かっこいいっていうか」
「なら良かった」
菅井はほっと胸をなで下ろした。
「そういえば、さっき出てきた二人の女の子は?」
「唯と和子がどうかしたか?」
「それそれ。あの子たちは、どういう経緯でお姉ちゃんと仲間になったんだろうなーって」
「ああ、あいつらか」
言われてみれば、説明し忘れていた。
「清水唯と望月和子は、アパートの同じ部屋で目覚めたらしい。で、仲良くなってふらっと外に出たら美音さんと鉢合わせして、そのまま仲間に加えられた」
「何それ、ウケるんだけど」
実際に彼女たちから話を聞いたときは、菅井も笑いを通り越して呆れそうになった。「美音さんにあっさりやられちゃったんです~」とニコニコしている和子には、緊張感がなさすぎたのだ。何なら唯にも呆れられている。
「……美音さんは俺たちをいつも元気づけ、励まし、終わりの見えない戦いの中で皆の希望になっていた。とても立派な人だったよ」
ぽつりと、菅井が呟く。
彼が美音に対して敬語を使うようになっていったのは、「彼女は自分より年上だ」と知ったからではない。その人柄に惹かれ、自然と尊敬するようになったからだ。
「管理者の不意打ちで彼女が倒れたとき、俺たちは絶望の中に取り残された。気が狂いそうだった。それくらい、美音さんの存在は大きかったんだ」
「……お姉ちゃんらしいな」
いつしか、奏は泣きそうになっていた。これまで押し隠してきた悲しみが、不意に押し寄せてきたのかもしれない。
やっぱり個室で話をした方が良かったんじゃないだろうか、と菅井は思った。傍から見れば、今の自分は「別れ話を切り出して彼女を泣かせた男」みたいだ。
「お姉ちゃん、いつも自分のことは後回しにして、周りの人を助けてばっかりで。そんな性格だなあって、思ってたけど」
たぶん、彼女は優しすぎたのだ。そして、強い力を持ちすぎた。
ナンバーズの中でも最強クラスの能力を、スチュアートらは危険視した。美音を排除し、さらには菅井たちを脅して手駒にしようとした。
「……うち、小さい頃から何かとお姉ちゃんと比べられてね。うちはそんなにセンスなかったみたいだけど、お姉ちゃんのピアノの才能は本物だった。何度もコンクールで入賞してたし、将来にも期待されてた」
ぐいっと目元を拭い、奏は菅井のことを正面から見た。
「お姉ちゃんが死んだことで、間違いなく一つの美しい音楽が失われたんだと思う」
美しい音と書いて、「美音」。その名の通り、彼女は音楽の才能に溢れていた。綺麗な旋律を響かせ、人々に幸せを届けることができた。
スチュアートに刺された日も、ダンスパーティーを開いて仲間たちを鼓舞していた。あのときに歌った「カントリー・ロード」は、菅井にとって忘れられない曲だ。
「一度でいいから、美音さんの弾くピアノを聴いてみたかったよ」
「菅井っち、聴いたらきっと腰抜かすよ。めちゃくちゃ上手いから」
家を訪ねたとき、美音の部屋も覗かせてもらった。あのピアノを幼い頃から弾いていたんだろうな、と菅井は想像する。
改めて、失ったものの大きさを実感した。
ほどなくして、二人とも食事を終えた。
「今日はありがとね。うち、お姉ちゃんの話を聞けて嬉しかった。あの街でも皆を引っ張って、いつものお姉ちゃんらしく頑張ってたんだなって分かったから」
おもむろに椅子から腰を上げ、奏がはにかむ。その笑顔が美音に少し似ていて、菅井ははっとした。
かと思えば、顔をしかめて目の辺りをこすり始める。
「あっ、ヤバい。コンタクトがちょっとずれたかも」
姉と違って眼鏡を掛けていないという印象が強かったが、視力が悪いのは同じなのか。やはり姉妹なんだな、と思う。
「……よし、おっけい」
待たせてごめんね、と奏が頭を下げる。慣れたもので、十秒もあればコンタクトの位置を直し終えていた。
「じゃあ、行くか」
「うん!」
二人は頷き合って、ファーストフード店を出た。




