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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
外伝① ファーストエピソード・ナイン&ゼロ
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09 平和を取り戻すために

「逃げるぞ、武智」


 菅井が決断するのは早かった。倒れている仲間を担ぎ上げ、一目散に去ろうとする。


「四対二では勝ち目がない。ここは引き上げるのが得策だ」


「どうしてや? 菅井さんの停止能力があれば、何人でかかってこようがイチコロやろ」


 しかし、元々喧嘩っ早い性格の彼はすぐには頷かなかった。仕方なく、丁寧に説明してやる。


「俺の能力じゃ、一人ずつしか敵の動きを止められない。効果も五秒間しか持たない。相手の数がこっちより多いときに仕掛けても、正直言って不利だ」


「そういうことならしゃあない。俺としても、べっぴんさんと戦いたくはないしな。……ほな、さいなら」


 主に台詞後半の理由で撤退を決め、武智も仲間を連れて逃げようとした。菅井と目くばせし、全力疾走で路地を駆け戻る。



「――待ちなさい!」


 だが、二人の足は数歩も進まないうちに止まった。目の前の地面に雷が落ち、真っ黒に焼き焦げたからだ。バチバチッ、と物凄い音がして、火花が四方八方に飛び散る。


「うわっ」

「何だ⁉」


 恐る恐る振り向いた彼らへ、美音がゆっくりと近づいていく。優しい笑みを浮かべてはいるけれども、瞳の奥には怒りの炎が静かに渦巻いていた。


「あなたたちは、逃げようとした長谷川くんを追いかけて、痛めつけようとした。違いますか?」


 先刻、長谷川と接していたときとは別人のようだった。


 いや、それも彼女の想いの強さゆえなのか。仲間を想う美音の気持ちは、誰にも負けない。


 菅井たちは長谷川に怪我を負わせたわけではない。単に攻撃を防ぎ、降参させただけだ。しかしそれを訴えたところで、今の美音が聞き入れるかどうか分からない。



「否定しないんですね」


 凛とした声音で告げ、刹那、美音は左手を天に掲げた。


「だったら、あなたたちにはそれなりに後悔してもらいます。自分たちがしたことの、罪の重さを思い知りなさい!」


 その動作に呼応し、天から新たな稲妻が降り注ぐ。


 逃げる敵の退路を断ち、追撃を行う――菅井たちが長谷川にやろうとしたことを、彼女はそっくりそのままやり返そうとしているのだ。



 菅井は左へ、武智は右へ。


 咄嗟に左右へ跳び、直撃を免れた。眩い光の奔流が、さっきまで自分たちのいた位置を撃ち抜いていく。


「手伝うよ、リーダー」


 そう申し出て、美音の背中に手を伸ばそうとしたのは唯である。このとき、菅井と武智はまだ知らなかったが、彼女には触れた相手の能力を強化する力があるのだ。


「ううん、大丈夫だよ。唯ちゃん」


 けれども、美音は振り返らないまま、ふるふると首を振った。彼女の全身から、不可視の闘志が炎のように立ち昇る。


「これくらいの相手だったら、私一人でも十分」



「……はあ。べっぴんさんと戦う趣味はないんやけどなあ」


 争いは避けられないようだと悟り、武智が大げさにため息をつく。


「よう分からんが、お前らは俺たちのことを舐めてかかってるみたいやな。そっちがその気なら、実力行使したるわい!」


 言うが早いか菅井へ目くばせし、関西弁の青年は走り出した。地面を蹴り飛ばし、ナイフを片手に美音へ迫る。


 振り上げた刃の周囲が、微妙に霞んで見える。能力でかまいたちを発生させ、ナイフに纏わせているのだろう。


「やむを得ないな」


 相棒の意図を理解し、菅井も動いた。右手の先を「美音」と呼ばれた女性へ向け、指を鳴らそうとする。


 どうやら敵は雷を操れるらしい。だが、落雷をヒットさせるには予備動作が必要だ。菅井の観察眼が正しければ、腕を挙げてプラズマを呼び寄せるのに約二秒かかっている。


 それだけあれば、武智は相手の懐へ飛び込める。菅井の力で敵を拘束できる。運が悪くとも、相打ちには持ち込めるはずだ。



「――無駄よ」


 しかし、菅井の予想に反して、勝敗は一瞬で決まった。


 美音が囁き、両手を軽く振るう。まるで寄ってきた虫を追い払うかのような、何気ない動作だけで二人は叩きのめされていた。


 ゴウッ、と風が唸る。美音の手から繰り出された突風が、菅井と武智を吹き飛ばす。


「何のこれしき……」


 かろうじて足を踏ん張り、武智は粘ろうとした。自身が発生させているかまいたちの強度を高め、対抗しようと試みる。


 が、それも数秒ともたなかった。二人の体は呆気なく宙を舞い、アパートの外壁へ仲良く叩きつけられた。



「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃったかな」


 力なく倒れた菅井たちの側へ、美音が屈み込む。申し訳なさそうな表情は、演技には見えなかった。


「でも、安心して。殺すつもりはないから」


「……何を考えている?」


 うつ伏せに倒れていた菅井が、顔だけを上げて問う。怪訝そうに美音を見つめる。


「助けてやるから仲間になれ、とでも言うのか?」


「そうだよ!」


 よく分かったね、と彼女は無邪気に微笑んだ。


「一緒に戦ってほしいの。デスゲームに終止符を打って、この街に平和を取り戻すために」


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