007 目覚める紫電
「……やめろ」
朦朧とする意識の中、能見は必死に手を伸ばした。陽菜を助けようと、彼女の手を掴もうと、痛めつけられた体に鞭を打つ。
元はと言えば、自分のせいだ。能見が「戦いを止めよう」と言い出さなければ、こんなことにはならなかった。与えられた部屋に籠城し、外へ出て行かなければ、トリプルセブンこと芳賀たちに絡まれることもなかったのだ。
(彼女が捕らえられようとしているのは、俺のせいなんだ。俺が助けなくちゃいけないんだ)
だが、彼我の距離は遠く、ましてや体を動かすのもやっとな能見に、彼女に手が届くはずもない。
「往生際が悪いな、君は」
事態の混乱を見かねたのだろう。それまで後方で観戦していた芳賀が、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。
そして、伸ばされた能見の腕を、思い切り踏みつけた。
「があっ」
骨をも砕かんとする圧迫感に、能見が呻く。その顔面を、芳賀はもう片方の足で蹴り飛ばした。
手をだらりと下ろし、惨めに地面を転がる。哀れな獲物を見下ろし、芳賀がくすくすと笑う。
「戦いを止めたいという、その心意気は素晴らしいと思うよ。でも君は、一つ大切なことを忘れている」
倒れた能見の側へ屈み込み、芳賀は言った。
「この街のルールは、弱肉強食。強い者だけが生き残り、弱い者は淘汰されていく。そんな世界だ」
「……だから、何だって言うんだ」
振り絞るようにして紡いだ言葉を、彼は笑い飛ばした。
「結論から言えば、君には何もできやしないってことだよ。あっちの女の子は珍しい能力を使えるようだけど、見たところ、君には何の力も備わっていない。戦う力がない奴の主張なんて、誰も聞きやしないさ」
能見の髪を掴み、芳賀がこちらを覗き込んでくる。その目はらんらんと輝いていた。弱者を踏みにじる、その快感を知っている者の目だった。
「君は管理者を倒したいと言っているが、彼らを倒せるだけの力が、君にはあるのかい? あるわけないよね。そんな状態で、よくもまあ夢物語を考えつくものだ。ある意味、尊敬するよ」
そうだ。確かに俺は、行き当たりばったりに動いてきたかもしれない。
実力もないのに、争いを止めるとか、いつか管理者を倒すだとかほざいて。そのくせ戦闘では、知り合ったばかりの女の子に頼りっぱなしで。彼女を巻き込んで、迷惑かけまくって。我ながら最低だと思う。
でも、だからこそ彼女を助けなくちゃならないのだ。これまでの失敗を償い、そしていつか、この不条理な現実を変えるために。
(力が欲しい)
今までにないほど強く、能見は願った。
スピーカーの声は、被験者に施術を行い、特殊な力を与えたと言っていた。首にナンバーを刻印されている以上、自分も被験者の一人であるはずだ。力を持っていないのではなく、まだそれに覚醒していないと考えるべきだった。
「……助、けて」
陽菜のか細い悲鳴が、遠くから聞こえる。芳賀の手下たちは既に、彼女を連れて歩き出しているようだった。
(あいつを助けるために、俺には力が必要なんだ。今使えなきゃ駄目なんだよ)
そう祈ったとき、能見は感じた。
体の内側から突き上がってくるような、凄まじいエネルギーの塊を。
「返せよ」
低い声で呟き、能見は芳賀を睨みつけた。
「……はあ?」
まさか、まだ動けるとは思っていなかったに違いない。ぽかんとした表情の彼をよそに、能見は手を突いて再び立ち上がった。
「あいつを……返せ!」
刹那、彼の肉体から光の奔流が流れ出る。紫色をしたそれは、スパークを飛び散らせながら天高く昇っていった。
紫電はやがていくつもの稲妻へと分かれ、地上へ降り注ぐ。能見自身にもコントロール不能な電光が、辺り一帯を焼き払った。
落雷とともに、轟音が人工都市を震わせる。刹那、視界は稲妻の光、紫一色に呑まれた。




