06 再会と追跡劇
「――それから、俺と武智はコンビで戦った。俺とあいつは二人で一人、まさに一騎当千の活躍だった。俺が後衛で敵の動きを止め、前衛の武智が攻めれば敵はなかった」
アイスコーヒーに少し口をつけてから、またテーブルに戻す。
話しながら時折食事もし、現在、菅井はダブルチーズバーガーとポテトをそれぞれ半分ほど食べ終えていた。カップの中のコーヒーも順調に減りつつある。
喉の渇きを抑えたところで、彼は再び話し始めた。
「俺たちは喧嘩を売ってきた奴らを次々に退け、そのうちの何人かは仲間に加えた。だが、美音さんには勝てなかった」
「お姉ちゃんに?」
ハンバーガーをもぐもぐ頬張りながら、奏が聞き返す。
「ああ。あの人は本当に強かったよ」
美音が生きていた当時を懐かしみながら、菅井はさらにストーリーを紡いでいく。
その翌日、菅井と武智はアパートの間をすり抜けるように走っていた。
正確な時刻は分からないが、昼過ぎくらいだろうか。じりじりと日差しが照りつける中、二人はターゲットを追っている。
「待たんかい、デブ!」
先頭に立つ武智が、そのさらに前方を走る男へ怒鳴った。
狙われている青年は、ドタドタと必死に走って逃げている。けれども、いかんせん足の速さの違いは大きい。
武智はスポーツマンである。どんどんペースを上げ、今にも彼に追いつきそうだった。
「覚悟しとけ。俺は綺麗な女性には優しいが、モブの男には厳しいで!」
「……決め台詞にしては、ずいぶんお粗末だな」
トリプルフォーの後ろを走りつつ、菅井はため息をこぼした。
「相手によって態度を変えるような奴は、男女を問わず嫌われるぞ。相方として恥ずかしいからやめてくれ」
「菅井さんがそこまで言うんやったら、しゃあないわ」
ちらりと振り返り、武智が肩をすくめる。かと思うと、全力疾走で太った男に追いついた。
「まあ、ほどほどにボコボコにしたるわい」
武智が横に並んだのに気づき、男は青ざめていた。
コンビを結成してからというもの、菅井と武智は何人かの被験者を撃退した。そのうち数名を従え、ごく小規模な勢力として動いている。
いくら生き残るためとはいえ、菅井たちは殺しを良しとしていない。これから先デスゲームがどう展開するか見当もつかないが、降りかかる火の粉を払える程度の戦力は集めておきたかった。
ついさっき十字路で出くわした小太りの青年は、菅井たちを見るやいなや、踵を返して逃げ出した。「みすみす見逃すのも癪だ」と(主に武智が)主張したことにより、彼を追いかけて従えよう、ということになった。
それで、このような追跡劇が始まったわけである。
「や、やめてくれ!」
咄嗟に跳び退き、武智から距離を取る。ターゲットにされた青年は、すっかり怯えていた。
「ぼ、僕は、君たちと戦いたくないんだ」
「それなら話が早い。ちゃっちゃと降参して、俺らの仲間になってくれんか?」
「相手には戦う意志がなさそうだ」と判断し、武智が構えていたナイフを下ろす。乱闘には発展せず、あっさりと決着のつきそうな雰囲気だった。
しかし、菅井は見逃さなかった――ナイフの切っ先が下がった瞬間、太った青年がほくそ笑んだことを。
「気をつけろ、武智!」
強張った声が、戦場に響く。
懸命に駆ける中で、菅井は気づいていた。今武智と対峙している彼は、自分が初めて戦った被験者だ。昨日、同じ部屋で目覚め、パニックになって襲いかかってきたあの男だ。
十字路で見かけたときは彼我の距離が離れていて、人相が良く分からなかった。けれども、武智のすぐ後ろまで追いついた今なら断定できる。こいつは、あのクソ野郎と同一人物だと。
ガラス片で切った傷はまだ治りきっておらず、彼の顔には赤く細い線が何本も走っていた。
「ん?」
トリプルナインの声に、武智がのんびりした所作で振り返る。
「どうしたんや。決着はついたのに、何をそんなに焦ってるん?」
「馬鹿、まだ終わってない。油断するな!」
菅井が叫んだのとほぼ同タイミングで、小太りの男も動いた。両の手のひらを二人に向けて突き出し、そこから白い糸のようなものを放つ。
菅井の知らないうちに、男は自分の能力に目覚めていたのだ。
「……引っかかったな。こ、これでも喰らえ!」
アパートの一室で、菅井へ刃を向けたときと同じだ。彼の笑顔には、狂気じみた何かが宿っていた。




