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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
外伝① ファーストエピソード・ナイン&ゼロ
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03 この手で止まれ

「お前、一体何を考えてるんだ」


 ナイフの先端を向けたまま、ニキビ面の青年はじりじりと距離を詰めてきた。


 彼を刺激しないよう、菅井は細心の注意を払いながら語りかける。背中を冷や汗が流れた。


 まずい状況だった。男が刃物を構え、威嚇しているせいで、菅井は武器の入っている段ボールへ近づけない。つまり、現状では彼に対抗する術がない。


「アナウンスされたことを鵜吞みにするつもりか? 飢え死にするのが怖いのは分かるけど、冷静になってくれ。一旦部屋の外に出て、状況を確認してみようぜ」


「……うるさい!」


 小太りの男は舌打ちし、さらに一歩踏み出した。菅井を窓際へと追い詰め、徐々に逃げ道をなくしていく。


 不安定に揺れる瞳には、狂気が宿っていた。



「外になんて出たくないよ。だって、他の奴らと鉢合わせして、こ、殺されちゃうかもしれないじゃないか」


「だったら、なおさら落ち着け。戦うのが嫌なのに、無理することもないだろう」


「で、でも、これは仕方ないんだよ」


 言い訳するように、青年が呟く。


「僕は君を倒して、君の分の食糧をもらう。そうしたら、部屋から出ずに籠城することもできる。この一回だけ我慢して戦えば、あとの三か月は安心して暮らせるんだ」



(……こいつ、クソ野郎だな)


 高校生の頃、菅井は一時期、バトルロイヤルゲームにはまっていたことがある。ざっくりまとめると「百人のプレイヤーがステージのあちこちへパラシュートで降下し、銃などのアイテムを集めて、最後の一チームになるまで戦う」というものだった。


 普通のプレイヤーは、ステージ内を移動しながら、より強力なアイテムを手に入れようとする。その方がバトルにおいて有利に立ち回れるし、結果的に生き延びられる確率も高くなるからだ。アイテムを探しつつ、敵を発見次第倒せたら一石二鳥である。


 しかし、中にはずるい戦い方をする者もいる。ほとんど移動せずに一箇所にとどまり、最低限のアイテムだけを収集。近くに敵が来たら倒すが、必要に迫られない限りバトルしない。自分ではほとんど動かず、他のプレイヤーが勝手に潰し合うのを待つ――仲間からヘイトを買うこと必至の、省エネ戦法だ。


 この小太りの青年がやろうとしていることは、それに近い。当分の食糧だけを確保したら、あとは部屋に閉じこもってデスゲームをやり過ごす気なのだ。


 何というか、せこい。せこすぎる。小物感が滲み出ている。



(冗談じゃないぞ。こんな奴にやられてたまるか)


 結局、あのゲームはすぐにやめてしまった。大学に入り、忙しくなってきて自然とやらなくなったのだ。


 けれども、バトルロイヤルで味わった屈辱はいまだに覚えている。予期せぬ場所に隠れていたプレイヤーに撃たれ、一発でゲームオーバーになったとき、菅井はそいつに腹が立って仕方なかった。「自分は一生懸命ステージ内を動き回っているのに、何でこんなのにやられなくちゃいけないんだ」と理不尽に感じたからだ。


 武器は何一つ持っていない。状況は絶望的だし、そもそも本当にデスゲームが進行中なのかどうかも確信が持てない。だが、それでも菅井は闘争本能をかき立てられた。


(細かいことを考えるのは後回しだ。とにかく今は、目の前のこいつをどうにかする!)



「大体、何なんだよ君は。ホ、ホストみたいな格好しやがって」


 こんな状況でも、ニキビ面の男は相変わらずどもっていた。


「君みたいなチャラついた、人生舐めてるような人たちが、今まで僕をいじめてきたんだ。ちょ、ちょっとくらいやり返したっていいだろ!」


「……いや、逆恨みの理由が酷すぎるんだが」


 もはや説得は無意味そうだけれども、思わず菅井はツッコんでしまった。


「そうやって人を外見で判断したりしているから、お前はいじめられたんじゃないのか? あと、滑舌も直した方がいいな」



 髪を染めているわけでもないし、奇抜なヘアスタイルをしているわけでもない。しかし、その垢抜けた雰囲気ゆえか、菅井は周囲から「チャラそう」「ホストみたい」と思われることも多かった。


 実際のところ、彼はホストではない。流行らないバーの客引きだ。


 大学に入る少し前から新宿の店でバイトを始めたところ、なぜかいきなりキャッチを担当させられた。そこで都会の厳しさに揉まれているうちに、いつしか洗練されていったというわけである。



「だ、黙れっ!」


 言うが早いか、男は「うおおおおっ」と叫んで突っ込んできた。ナイフを前へ突き出し、菅井を刺そうとする。


「君を倒せば、そ、それで全部済むんだ!」


「……くそっ。この分からず屋が!」


 悪態を吐き、菅井が身構える。しかし、武器を持たない今の彼に、何ができるというのか。


 背後には窓ガラスがある。これ以上は後退できない。



(さっきの声の言ったことが本当なら、俺にも何かしらの力が与えられていることになる。それを使えたら、あるいは切り抜けられるかもしれない)


 目の前の太った青年は、まだ力に目覚めていないようだ。覚醒しないまま、ナイフの威力に頼って戦っている。


 俺にできるのか、と自問自答する。上手く力を使えず、無様に倒されることにならないだろうか。


(いや、できると信じるしかない。さもなければ、このまま刺されて死ぬだけだ)


 覚悟を決め、一か八か、菅井は片手をすっと突き出した。掌底を放つようなポーズだが、伸ばした手を途中で止め、目を閉じて強く念じる。否、祈る。


(――『止まれ』!)


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