01 菅井っちだよね?
ウイン、という小気味いい音を聞きながら、自動ドアを通り抜ける。そして、待ち合わせの相手に指定された店へ入った。
何ということはない。日本全国どこにでもある、某ファーストフード店だ。八月下旬の現在も繁盛しているらしく、カウンターへと長い列が続いている。
ようやく、彼の番になった。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
女性店員にそう尋ねられ、菅井颯はよどみない口調で答える。
「ダブルチーズバーガーを一つ。ポテトのMサイズを一つ。アイスコーヒーのSサイズを一つ。以上で」
店員をあまり待たせないようにと、あらかじめオーダーを決めておいたのだろう。手早く会計を済ませ、菅井は頼んだメニューを受け取った。
といっても、テイクアウトにしたわけではない。バーガー等を載せたトレーを持って、二階席へ続く階段を上る。
彼が二人掛けの席についてから、五分ほど経っただろうか。
数分おきに腕時計を見るほど、菅井は神経質な人間ではないし、時間にうるさくもない。だが体感として、「待たされた」という気はしなかった。
「ういっすー。菅井っちだよね?」
ひょこっと片手を挙げて、彼女は現れた。ニコニコ微笑み、菅井が返事をするのも待たずに向かいの席へ腰掛ける。
「お姉ちゃんの話を聞きたくて待ち合わせたんだけど、合ってる?」
黒髪のショートヘア。明るくてサバサバした、男っぽい性格。
派手なロゴの入った半袖シャツ。ショートパンツからは長くて綺麗な足が覗いているが、ほんのり日焼けしているからか、「色っぽい」というよりは「健康的」な印象を強く受ける。夏らしい解放感のあるコーディネートだった。
彼女の名前は、小笠原奏。トリプルゼロこと、小笠原美音の妹である。
(「菅井っち」って……。ずいぶんチャラいな。美音さんとは全然違うタイプだ)
思っていたのとだいぶ違った――これが菅井の正直な感想だった。おっとりしていて、ゆるふわな雰囲気を漂わせていた美音とは正反対である。
もちろん、姉妹なのだから目鼻立ちはよく似ている。けれども、黒髪ロングの美音に対して奏はショートヘアだし、姉と違って眼鏡も掛けていない。カットオフショルダーのニットを好んで着ていた美音と、ボーイッシュな服装の奏では、ファッションの方向性もまるで異なる。
と、このように様々な驚きや衝撃が襲ってきたわけだが、菅井はそれらをおくびにも出さなかった。
「ああ。君が小笠原奏さんだな?」
「うん! ……あ、でも、うちら同い年みたいだし、そういう堅苦しいのはやめとこ? 『さん』付けしなくていいよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
初対面の相手には失礼のないようにしよう、と思ってのことだったが、フレンドリーな奏にはむしろこれくらいの気楽さが良いのかもしれない。菅井は相手の流儀に合わせることにした。
「もっとリラックスしていいよー。うちも、ご飯食べながら話すから」
笑みを絶やさず、奏が自身のトレーに載ったものへ手を伸ばす。
薄い包み紙に覆われているのは、一番値段の安い、トッピングなしのシンプルなハンバーガー。Sサイズのカップに入っている橙色の液体は、フルーツジュースだろうか。
「……それだけで足りるのか?」
ついつい、菅井は素朴な疑問を口にした。
「うん。ダイエット中だからね」
ひどく真面目に答えてから、ぱくり、とハンバーガーを美味しそうに頬張る奏。はたして、どこまでダイエット効果があるのやら。
「なるほどな」
今のままでも十分細く見えるけれども、こういうことを女性相手に追求するのは野暮だ。潔く引き下がる。
代わりに他の、もっと重要な話題を振ることにした。
「……本当にこんな場所で良かったのか? せめて個室のあるレストランとか、話を聞かれにくい店の方が良かったんじゃないか?」
菅井の懸念はもっともである。今日二人が話し合おうとしているのは、きわめて個人的なことだ。
一方、奏はぶんぶん首を振った。
「さっきも言ったけど、堅苦しいのは苦手だし。うち、重い空気好きじゃないんだよねー」
あっけらかんとしたした、裏表のなさそうな性格には好感を覚える。
ジュースのストローに唇をつけ、少し中身を吸ってから離す。それから、上目遣いに菅井を見つめる。
ショートヘアの少女は、いよいよ本題に入るつもりのようだった。
「――それじゃ、食べながらでいいから教えてくれる? あの街で何があったのか。お姉ちゃんはあの街で、どんな風に過ごしていたのか」
小笠原奏は、某国立大の教育学部の一年生だ。現在、小学校の音楽の先生を目指して勉強している。
以前、菅井たち四人が小笠原家を訪ねて美音を弔ったとき、奏は出かけていた。大学の友人が「サウザンド・コロシアム」計画に巻き込まれて帰らぬ人となっており、その葬儀に出席していたのである。
したがって、彼女は菅井たちから直接話を聞いていない。父・大吾から大体のことは聞かされたものの、「姉の最期を看取った人と、自分もちゃんと話をしてみたい」という想いが薄れることはなかった。
そして、両親を通じて菅井と連絡を取り、今日こうして会うことになったわけである。
(ニコニコして明るそうに見えるが、彼女はあの事件で友人と姉を失っている。くじけずに、強く生きているんだな)
僅か一か月足らずで、悲しみが完全に癒えるはずもない。それでも奏は、ネガティブな感情を一切出さずに振る舞っていた。彼女の心の強さに、菅井は感心した。
「……分かった。俺の知っている限りのことを話そう」
真剣な表情で頷き、菅井は語り始めた。
能見や芳賀にもまだ話したことのない、彼があの街で美音と出会うまでのストーリーを。




