04 ナンバーズ、水着姿になる
さて、他の面々はというと。
ワンピースタイプの水着に薄いパーカーを羽織った唯は、露出の控えめな格好である。ビーチパラソルの下にすとんと腰を下ろし、すいかを食べていた。
なお、さすがに海水浴に来てまでグレーの布マスクはつけていない。
夏の暑さや周囲の喧騒にさほど関心を示さず、クールさを装っている。けれども実のところ、唯の心は煩悩まみれだった。
(ダ、ダメよ、私。「今なら、荒谷さんの水着姿が見放題! 上腕二頭筋も腹筋も、無料で眺め放題!」だなんて考えたらダメ!)
よく見ると、すいかを持った手がぷるぷる震えている。強い意志で荒谷の方を向かないようにし、無理やりすいかへ意識を集中させていた。
荒谷のことは諦めたつもりでも、彼が唯にとって魅力的な異性であることに変わりはない。まだ彼氏ができていないことも、未練めいた感情を増幅させるのを手伝った。
「唯ちゃん、どうしたの?」
シャリシャリという冷たい食感を味わっていたところ、隣に和子も座った。オフショルダーの白いビキニ姿は、美音がよく着ていたニットを連想させた。あるいは、多少意識しているのかもしれない。
「何だか緊張してるみたいだけど」
「べ、別に。何でもない」
不思議そうに覗き込まれ、唯は照れ気味に目を逸らした。
「そっか」
なら良かった、と屈託なく笑い、和子もすいかを一口齧った。
しかし、平和なひと時は束の間である。この数分後、「早く泳ごうよ、唯ちゃん!」と和子に引っ張られ、唯は波打ち際に連行されるのだった。
その際にパーカーを脱がされ、唯は猛烈な恥ずかしさに襲われる――荒谷の水着姿に興奮した罰が当たったのかは分からないが、今度は逆に、唯の水着姿を荒谷に見られたのだから。
「……あー、もうっ、どうしてこうなっちゃうわけ⁉」
あまりスタイルに自信がない唯は、和子に水を掛けられながら、この世の終わりを目撃したかのような悲鳴を上げていた。
「サーフボードを持ってきたのか?」
「せやで」
武智が小脇に抱えている板状のものを、菅井は釈然としない様子で見つめた。
「ここは波も穏やかだし、あまりサーフィンに適した場所とは思えないが」
「いや、実際に波に乗れるかどうかは問題じゃない。これを持っとること自体が重要や。それっぽい雰囲気を醸し出せば、女にモテる」
「しょうもないこだわりだな」
胸を張り、ドヤ顔で言ってのけた武智を見て、菅井が苦笑する。
「女は馬鹿じゃない。お前みたいに、上っ面だけ塗り固めたような奴はモテないぞ。やり方を変えろ」
「リーダー、まあまあ辛辣やな……」
「事実を言っただけだ」
武智はがっくり肩を落とした。
はたして彼は、美音のように素敵な女性とまた出会えるのだろうか。運命の出会いはそうそうあるものではないが、焦らず、試行錯誤しながらチャレンジしてほしいところである。
「匠、早く泳ごう!」
「落ち着けよ、咲希」
ボトムがショートパンツになっているタイプのビキニを纏った、今日の咲希は色っぽかった。荒谷を急かし、腕を絡ませ、幸せそうに波打ち際へ向かう。
(……咲希さん、すっかり元気そうだな)
能見の知っている彼女は今、アパートの部屋で寝ているはずだった。彼の力を何度かコピーした影響で、熱にうなされている。怪人へと変わろうとする自分の体と、懸命に戦っているはずなのだが。
やはり、武智の言ったことは本当なのだろうか。自分たちはスチュアートを倒し、咲希の体調不良などの諸々の問題も解決して、日本へ帰還したのだろうか。
(でも、そんな夢みたいな話があるか? 第一、それならどうして俺の記憶がないんだよ)
いまいち腑に落ちず、考え込んだ能見へ、陽菜が体をすり寄せる。
「もう。能見くん、向こうばっかり見ないで。私と一緒にいるときは、私のことしか見ちゃダメ!」
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。頬を膨らませ、彼女は能見に抗議していた。
「ごめん、悪かったよ。……って、え?」
反射的に謝ってから、能見が「はて」と首をかしげる。
疑念は確信へ変わりつつあった。どう考えても、自分が知っている陽菜ではない。少なくとも、こんなヤンデレめいた言動はしないはずだ。
まるで、付き合い始めたばかりのカップルみたいだ――そんな馬鹿げた妄想が頭をよぎる。どこまでも一途で、しきりに甘えてくる陽菜は、今までにない可憐さを見せていた。
「あっ、そうだ。忘れてた」
能見が戸惑っていることなどつゆ知らず、陽菜はいきなりレジャーシートの上に寝転がった。うつ伏せに寝て、気持ちよさそうに手足を伸ばす。
それから、小さな瓶のように見える容器を差し出して、にっこり笑った。
「能見くーん、オイル塗って!」




