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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
エピローグ:波打ち際の未来
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03 突然のスイカ割り

 気がつくと、何も見えなかった。


 どういう状況なのか分からない。全身は焼けるような暑さに晒されているし、なぜか両手で長い棒状のものを持っている。目を何かで覆われているらしく、視界は封じられているが、太い枝のような物体を握っていることは感触で分かった。


 履いているのはサンダルだろうか。それで踏みしめた大地は、じゃりじゃりと音を立てている。海上都市の人工地盤とは異なるものだ。


(……一体、何がどうなってるんだ?)


 自分はさっきまで、アパートの一室で寝ていたはずなのだが。知らない男女が喫茶店でコーヒーを飲み、談笑している夢を見たような気もするけれど、よく覚えていない。


 能見は混乱し、棒を握ったままふらふらと後ずさった。



「おい、何やっとるんや」


 すると、どこからか聞き慣れた声がする。呆れた調子で呟き、彼は能見から棒状のものを取り上げた。それから、目隠しを外した。


 視界が確保されると、眩しい日差しが目を射抜かんばかりに迫ってきた。思わず、能見は腕で顔を庇う。


 明るさに慣れてきて腕を下ろすと、目の前に立っていたのは海パン姿の武智だった。バキバキに割れた腹筋と、たくましい腕の筋肉を見せつけられている。


 右手には、今しがた能見から取り上げた、太い木の枝が握られていた。


「……あれ、武智?」


 真夏の日差しの下、自分たちは砂浜にいた。能見も武智と同様、海パンを履いている。



 彼だけではない。ナンバーズの全員が、水着姿で一堂に会している。「女性陣をなるべく見ないように」と、能見は意識的に視線を逸らし、とりあえず武智だけに向けた。


「どうなってるんだ? ここはどこで、俺たちは何をやってるんだ?」


「何をボケとんねん。暑さで頭をやられてしもうたんか?」


 まあまあ失礼な台詞を吐き、武智はため息をついた。


「ええか、ここは江ノ島の海水浴場や。日本に戻ってきてから二か月くらい経って、久しぶりに皆の予定が合ったから、ナンバーズ全員で集まったんやで」


「……あ、ああ、そうだったっけな」


 初めは、何かの冗談かと思った。だが、武智は大真面目だし、他の皆もふざけている風ではない。


(もしかして、おかしいのは俺の方なのか? 俺だけが状況を理解していないのか?)


 本当に江ノ島に来ているのだとしたら、それはすなわち、自分たちは海上都市を脱出して日本へ戻ってきたということだ。しかし、能見にそんな記憶はない。アパートの部屋で、管理者の最後の一人、スチュアート打倒を誓って眠りについたはずである。



 とにかく、彼らが嘘をついているわけではなさそうだ。話を合わせ、能見は頭を掻きながら曖昧に笑ってみせる。


「いやー、なんかごめんな。俺、少しぼうっとしてたみたいだ」


「大丈夫ならええんやけどな」


 能見の言動を不審に思うこともなく、武智は鷹揚に頷いた。彼にとっては、暑さにやられた(?)能見よりもゲーム進行の方が重要だった。


「ほな、続けよか」


「はーい!」


 武智の合図を受け、ニコニコ笑顔で元気いっぱいに走り出てきたのが約一名。彼女を見て、能見は一瞬言葉を失った。



 ワインレッドのビキニを着た陽菜は、予想を上回る見事なプロポーションを見せつけていた。どこがとは言わないが、でかい。かなり揺れている。ひょっとしてDカップくらいあるのではないか。


 木の枝を受け取り、陽菜が目隠しをする。緑と黒の縞模様が刻まれた物体へ向けて、そろりそろりと歩みを進める。


 そのとき初めて、能見は自分たちが何をしているのか理解した。


 すいか割りだ。砂の上に置かれたすいかを叩き割ろうと、順番でチャレンジしているところなのだ。おそらく、さっきまでは能見のターンだったのだろう。


「とりゃーっ!」


 可愛らしく叫び、陽菜が迷わず枝を振り下ろす。太い枝はすいかへ届き、一撃でかち割った。目隠しを外した陽菜は、嬉しそうにぴょんぴょん跳びはねている。


「わーい! これで私の勝ちだね」


「……まさかとは思うけど、予知能力を使ってすいかの位置を見抜いたんじゃないだろうね?」


 芳賀が怪訝そうに呟いたが、インチキを疑っているのは彼くらいのようだった。そんな些末な過程よりも、皆はすいかが割れたという結果に夢中である。


 ひとまず、全員にすいかが分けられた。


 どうしてこういう状況になったのか分からないまま、能見もそれを受け取った。



「一緒に食べよっ、能見くん!」


 すいかを貰うやいなや、陽菜は彼の元へ一目散に駆けてきた。目をキラキラ輝かせ、心から夏を満喫している。


「お、おう」


 何だか、いつもより距離が近いような気がする。


「美味しいね」


「そ、そうだな」


 彼女が持参したというレジャーシートの上に、二人は並んで座った。どういうわけか陽菜が能見にもたれかかってくるので、腕に胸が当たりそうになって冷や冷やする。



(……陽菜さんって、こんなに積極的なキャラだったっけ?)


 瑞々しいすいかにかぶりつきながら、能見は違和感を覚えていた。確かに彼女はド天然だが、それは「無意識にとんでもないことを口走ってしまう」という類のものであって、意識的に異性へアプローチするようなことはないはずだ。


 とはいえ、成り行きで抱きつかれたことは今までにあるし、手を繋いだこともある。「考えすぎかもしれないな」と能見は思い直した。


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