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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
12.「鎮魂と再出発」編
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163 恋模様と浪人時代

 陽菜の悪気ない発言のせいで、周りの目が痛い。特に、二人の事情に詳しくない菅井たちは、「まさかこいつ、純粋な陽菜さんをたぶらかしてたんじゃ……」と言わんばかりの疑惑の眼差しを向けてくる。


「悪い、ちょっとトイレに」


 どうにも気まずいので、能見は少しの間席を外すことにした。ほとぼりが冷めた頃に戻ってこよう。


「僕も行こう」


 しかし、ほぼ同じタイミングで芳賀も腰を上げた。


 能見が先に靴を履き、廊下の突き当たりにあるお手洗いを目指す。その後に芳賀が続く、という格好になった。


 あいにく、この店の手洗いは狭かった。個室のトイレが一つあるのみで、中に長時間こもって時間を潰したりはできない。ましてや、後ろで芳賀が待っているのならなおさらだ。


 仕方なく、能見は用を足してすぐに個室を出た。そのまま芳賀の脇をすり抜けようとすると、ぐいっと腕を掴まれる。


「何だよ」


 驚いて彼を見やると、やけに真剣な表情をしていた。


「話があるんだ。少し時間を貰えないかな」



「藪から棒にどうした? ……ていうか、お前トイレに行くんじゃなかったのか」


「あれは単に、君と二人になる建前が欲しかっただけさ」


 さすがに、便所の前で立ち話というわけにもいかない。芳賀に連れられるがままに、能見は店の奥まった通路へ行った。


「とりあえず来てくれ」


「お、おう」


 彼の真意が分からず、戸惑いを隠せなかった。



 不意に足を止め、芳賀が振り返る。


「――単刀直入に聞こう。君は、陽菜さんのことをどう思っているんだい?」


「どう思っているって……」


 何を聞かれるのかと思ったら、これである。能見は呆れていた。


「別に付き合ってたりとかはないし、何もないぞ。日本に戻ってからはお互い忙しくて、あまり連絡も取れてなかったし」


「そうか。僕はてっきり、君が彼女を好きなんだと思っていたよ」


 ふむ、と顎に手を当て、考え込む芳賀。ずばり本心を言い当てられて、能見はどきりとした。


 陽菜への好意を自覚したことは、これまで何度もあった。ともに力を合わせて戦う中で、能見はだんだんと彼女に惹かれていった。


 ただ、陽菜は男性経験がなく、恋愛にも疎そうだ。もしかすると、あまり興味がないのかもしれない。そんな彼女へアプローチをかけることを、ためらう自分がいたのも事実である。



『……あ、ちなみに私は、女子大の一年生だったんですよー。華やかで男の子にモテそうなイメージがあったので、文学部にしました。すごいでしょ!』


 本人はああ言っていたし、異性を求める気持ちがまったくないわけではないのだろう。が、女子大へ入学した直後に「サウザンド・コロシアム」計画に巻き込まれ、まともな学生生活をほとんど送れていない現状を鑑みると、陽菜は「脳内がお花畑」のままなのかなあと思う。



「吊り橋効果って知ってるかな。男女が一緒に怖い出来事を体験することで、心理的な距離が縮まるっていう、あれだよ。海上都市でずっと一緒に暮らしてきた君たちは、そういう効果を存分に受けているはずだ」


「いや、効果を受けても何も起こらなかったんだけど……」


 能見の反論は聞こえなかったらしい。気を取り直して、芳賀が持論を展開する。


「実際、女子大生というのは、合コン等のイベントで男性から高い人気を誇る。もし君にその気があるのなら、チャンスは無駄にしない方がいいんじゃないかな。早くしないと、他の男に取られてしまうかもしれないよ」


 それに、と彼は微笑を浮かべて付け加えた。


「陽菜さんのようなド天然と上手くやれるのは、たぶん君くらいだ」


「余計なお世話だよ」


 認めたくないが、芳賀は頭が切れる。しかも弁が立つ。このままでは劣勢になることを意識し、能見は話題の転換を試みた。



「てか、意外だな。お前がその手のことに詳しいなんて。芳賀も案外、合コンとかに興味あったりするのか?」


「まさか。浪人時代に、先輩からそういう噂を聞いたことがあるだけだよ」


「……お前、浪人してたのか? それは初耳だぜ」


 能見は目を丸くした。


 今年の四月上旬、ちょうど大学の入学式くらいの時期に、あの怪人たちは日本へ現れた。能見たち千人の被験者に、大学一年生が多かった理由はおそらくそれだと思われている。芳賀や美音は、その中で二歳ほど上だったわけだ。


 道理で大人びた言動が多く、妙に達観していたわけだ。グループのリーダーを務めていたのも、人生経験の豊かさに起因していたのだろうか。


「うん。ちなみに、二浪だ」


「自慢するようなことでもないけどな⁉」


 キメ顔で「二浪だ」と明かされたので、リアクションに困った。


 やはり芳賀は、スペックが高いのか低いのかよく分からない。


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