161 ナンバーズ、再集結
(覚えてるかい、愛海さん)
陽菜のさらに左隣では、芳賀が黙祷を捧げていた。
(君を守り抜くと、僕は約束した。それを果たせなかったのが心残りでならない。板倉と君を失ったのは、僕の一生の傷だ)
スチュアートとの決戦前夜にも、彼は愛海のことを思い出していた。彼にとってもやはり、林愛海は忘れられない女性だった。
彼女は自分に好意を寄せていたのかもしれない、と考えるとなおさらだった。
(君の気持ちにも応えてやれなかったなんて、リーダー失格かもしれないな)
後悔の念は、あとからあとから湧いてくる。
(……失礼、ネガティブなことばかり言ってしまったね。良いニュースもある。僕たちは街を支配していた怪人を倒して、被験者の皆とともに日本へ戻って来れた。あの血塗られた日々は終わったんだよ)
ふと薄目を開け、芳賀は墓石を見た。そこに刻まれた名前を見ると、不覚にも涙が溢れそうになる。
能見や陽菜の前で、涙を見せてなるものか。そう気負っていたはずなのに、張り詰めた心の糸はぷつんと切れた。
戦いを終え、グループのリーダーとしての務めを全うした芳賀には、もう以前のようにクールに振る舞い続ける必要はなかったのだ。
(……改めて言わせてもらうよ。今までありがとう、愛海さん)
頬を伝う涙を拭おうともせず、芳賀は嗚咽を漏らした。
(君が看病してくれて、身の回りの世話をしてくれて、助けられた仲間が大勢いる。僕もそのうちの一人だった。僕は君に感謝していた。僕は君のことを、大切な部下だと思っていた)
やがて瞼を開け、むせび泣く芳賀の姿を目にしても、能見も陽菜も沈黙を守った。彼の気持ちは痛いほど分かった。
(君が生きているうちに、こんな風に伝えられたらどれほど良かっただろう。悔やんでも悔やみきれないよ。――ずいぶん遅くなってしまったけど、僕の想いを受け取ってくれたら嬉しいな)
ポニーテールを揺らし、はにかんだように微笑む愛海。いつものように赤くなって、もじもじしている彼女の姿が、一瞬見えたような気がした。
(――ありがとうございます、芳賀さん)
声が聞こえたような気がした。うつむき、頬を朱に染めた彼女が、薄い唇の隙間から言葉を紡ぐ。
(未熟な私ですけど、最後まで芳賀さんの元で働けて、幸せでした。芳賀さんも、幸せになって下さいね)
それだけで、芳賀は「救われた」と思った。墓前に膝を突き、泣き崩れた。
それから、三人は愛海の墓の掃除をした。
能見が花筒に新しい花を供え、水を替える。陽菜は、濡らしたスポンジで墓石を磨く。芳賀は箒で辺りを掃いたり、雑草を抜いたりしていた。
海上都市で過ごしていた間に、季節は夏になろうとしている。掃除を終え、汗を拭い、一同は一息ついた。
最後に、愛海の墓の前でもう一度だけ手を合わせる。
「……それじゃ、行こうか。皆が待ってる」
二度目の黙祷を終えて、芳賀が二人へ振り返った。
「ああ」
「うん!」
能見と陽菜も微笑を浮かべ、快諾する。
三人はその足で最寄りの駅へ向かい、電車に揺られて移動した。
埼玉に出向いていた菅井ら四名と、愛海の墓参りに行っていた能見ら三名。そこに荒谷と咲希も合流し、九人は目的の店に入った。
何ということはない。都内にあるチェーンの焼き肉店だ。値段もそこそこで、ごく庶民的である。
街が少しずつ復興し、大学の講義も再開されたとはいえ、完全に元通りとは言い難い。金銭的な負担を少なくするのは、自然なことだった。
ここ一か月ほどは慌ただしく、「ナンバーズ」全員で集まる機会がなかった。ようやく全員の都合がつき、一堂に会することになったわけである。
幸い店は空いていて、すぐ座敷に通された。能見、陽菜、芳賀、荒谷、咲希の五人が手前に、菅井、武智、唯、和子の四人が奥の席に座る。
「……いやー、ゼリー漬けの生活を送った後やと、何を食べても美味く感じるわい。ましてや、お腹いっぱい肉を食えるなんて天国みたいや」
相変わらずテンションが高く、暑苦しい武智。おまけに、まだ関西弁が抜けていない。
「久しぶりやなあ、能見。元気にしとるか?」
鉄網の上に肉を並べていきながら、彼は陽気に笑った。ブラックスーツが全然似合っていなくて、何だかおかしかった。
「まあ、何とかな。とりあえず、家族や友人が無事でよかったよ」
生焼けの肉を箸でくるっとひっくり返し、能見が応じる。
「あの街にいた間の、勉強の遅れを取り戻すのが大変だけどな。そろそろ春学期の試験があるし、勘弁してくれって感じだ」
「俺も大体似たような感じや。あ、でも住んどったアパートが焼けてしまったから、リーダーとのたこ焼きパーティーはお預けになるかもしれん。まあ大丈夫やろ」
「大丈夫なのか……?」
ガハハ、と豪快に笑う武智を前に、能見は少々困惑していた。笑い飛ばせるようなことではない気がするのだが。第一、下宿先が焼けてしまったのだとして、今はどこで暮らしているのだろう。
「二人は一緒に来たのか?」
荒谷と咲希へ話題を振ったのは、菅井だった。
焼き肉店近くのターミナル駅で待ち合わせ、九人が集まったとき、このカップルは全くの同タイミングでやって来た。
ここに来る前、別の場所でデートでもしていたのかもしれない。そう推測するのは自然なことだ。が、事実は菅井の想像を超えていた。
「というか、一緒に家を出たんだ」
「家を? ……ああ、そういうことか。いわゆる、お泊りデートだったわけだな」
照れたように説明する荒谷に、菅井は一応納得しかけた。
「違うわ」
荒谷に腕を絡め、咲希がうっとりした表情で暴露する。
「あたしたち、今は同棲してるの」




