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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
12.「鎮魂と再出発」編
172/216

160 拝啓、愛海さんへ

 同時刻、東京都郊外の霊園にて。


 真新しい墓石は、陽の光をよく反射していた。


「林愛海」と名が刻まれた墓石の前に、三人が並ぶ。合掌して瞼を閉じ、死者を弔うべく祈りを捧げる。


(――愛海さん。君をあの姿に変えた管理者は、俺たちが倒した。愛海さんのようなつらい思いをする人が現れることは、もう二度とないと思う)


 ぎゅっと唇を引き結ぶと、能見の脳内を様々な想いがよぎった。


(俺たちが管理者に勝てたのは、愛海さんが頑張ってくれたからでもあるんだ。君が庇ってくれていなかったら、俺はあのまま菅井たちにやられていたかもしれない)


 一度は肉体変化の影響を受けながらも、愛海は人の心を失っていなかった。菅井たちに追い詰められ、絶体絶命のピンチに陥った能見と陽菜を、彼女は身を挺して守ったのだ。敵の注意を引きつけ、自ら囮になることで二人を助けた。


(あのときの俺は弱かった。だから、助けられなかった。何度目の謝罪になるかも分からないけど、本当にごめん)



 元はと言えば、管理者がすべての元凶だ。「036」のナンバーに従い、愛海の体に薬剤を投与したのも彼らだし、肉体変化を促す物質が入ったウィダーゼリーを与えたのも彼らだった。


 しかし、怪人化した時点では、愛海は身も心も完全に人でなくなったわけではなかった。意思疎通こそ難しいが、彼女の中には他者を思いやる優しい心が残っていた。


 事実、死の直前、愛海の心の声は能見に届いていた。


(許してくれとは言わない。君の分まで、俺は精一杯生きるよ。それが、俺にできるせめてものことだから)


 合わせた手に、力がこもるのを感じた。


(同じ悲劇は繰り返させない。愛海さんの犠牲を、無駄にはさせない)



 能見の隣で、陽菜もまた一心に祈っていた。


(……愛海ちゃん。私にとって、愛海ちゃんはすごく大切な友達だったよ。すごく、すっごく大切な友達)


 彼女の死から、二、三か月は経っただろうか。月日が流れても、親友が目の前で怪物へと変貌し、撃ち殺されたショックは薄れはしない。


 今もなお、愛海の遺体は見つかっていない。あれから海上都市にも大規模な捜索隊が入ったはずだが、生存者はいなかったそうだ。「サンプル」は管理者の研究材料にされたのち、彼らが処分したのだろうと思われる。


 それゆえ、この墓に遺骨は収められていない。帰還したフェリーの乗客の中に姿が見えなかったこと、彼女と親しかった能見たちから事情を聞いたことなどから、遺族は「娘はあの街で死んだ」と断定したようだ。過去は過去として忘れ去ろうと、墓石も作った。



 菅井たちが、小笠原美音の遺族を訪ねに行くらしい――そんな話を聞いたのは、つい先日のことだ。能見たちも彼らに倣い、愛海の両親と連絡を取ろうとした。面識のない自分たちをどれだけ信用してくれるかは分からなかったが、せめて仏壇に手を合わせるくらいのことはしたかったのである。


 だが、訪問の申し入れはあっさりと断られてしまった。


『街で一緒に暮らしてたって言うけどね、要するに、あんたたちにはあの子を守れなかったってことじゃないのかい。あんたたちが、愛海を死なせたんだよ』


 かん高い女の声――おそらく、愛海の母だろう――がしたかと思うと、電話は切られてしまった。


 能見たちとしても、あまり強く言い返すことはできなかった。愛海を管理者の魔の手から守り切れなかったのは事実だし、それについて言い訳するつもりはなかった。


 墓が建てられた場所だけはどうにか聞き出し、今日、こうして弔いに来た次第である。



(私、愛海ちゃんが初めてだったんだよ。海上都市に来てから、女の子の友達ができたのは)


 体調を崩し、寝込んでいた彼女を見舞ったとき。風呂上がりの愛海を能見が抱きとめるというハプニングもあって、ちょっと怒っちゃったっけ。


 ありし日のことを回想し、陽菜は涙ぐんだ。


(もちろん、男の子なら能見くんや芳賀くん、荒谷くんとも仲良くしてたし、咲希ちゃんともそれなりに話せた。でも、愛海ちゃんとは本当に話が合ったの。一緒にいて、本当に……本当に、楽しくて)



『……あ、ちなみに私は、女子大の一年生だったんですよー。華やかで男の子にモテそうなイメージがあったので、文学部にしました。すごいでしょ!』


『わあ、すごいです! 私、大学受験しなかったから、陽菜ちゃんのこと尊敬しちゃいます~』



 割とどうでもよさそうな、というか適当すぎる志望動機を自慢げに話す陽菜と、それに心から感心する愛海。彼女たちは話のテンポやノリがほぼ一致していて、とても会話が弾んでいた。


 長い間ともに戦ってきた能見には分かるが、陽菜の天然ボケはかなりのものだ。それゆえ、仲間から「何言ってるの?」と思われたことも少なくない。本人もそのことで悩んだりしていたのかもしれない。


 そんな陽菜にとって、短い時間ではあったけれども、愛海と過ごせたのは幸せだった。あの街に来て、同性の友達らしい友達が初めてできた瞬間だった。


 だからこそ、彼女の死は大きなショックを与えた。悲しみから立ち直るまでには時間を要し、それまで陽菜は泣いてばかりいた。



(……愛海ちゃん、私頑張るよ。頑張って生きる。もう泣いたりしない)


 ブラウスの袖で頬を拭い、陽菜は微かに笑った。


(愛海ちゃんが私に、人の心の強さを教えてくれたから。私も、強く生きようと思う)


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