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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
12.「鎮魂と再出発」編
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158 受け継ぐ魂、止まらない涙

(せやけど、謝らんといかんこともある。俺らはスチュアートっちゅう怪人に脅されて、奴らに言われるがまま、他の被験者を攻撃していた時期があるんや。平和を目指しとった美音さんは、そんなこと望んでなかったかもしれんな。いくら脅されとったとはいえ、すまんかった)


 怪人化した被験者を手にかけた事実が、消えることはない。


 確かに、「サンプル」に覚醒した者は基本的に人の姿に戻れず、自我も失われている場合が多い。人としての生を終え、別の何かに変わった怪物を処分するのは、厳密な意味での殺人とは違うだろう。

だが愛海のように、怪人になっても人の心を残していた者もいた。自分たちのしたことは間違っていたのだと、今ならはっきり言える。


 その罪を背負って生きる覚悟を、武智は改めて示した。



(今私たちにできるのは、美音さんのために祈ることくらいしかないのかもしれません。けど、この事件を風化させたり、真相をうやむやにしたりさせたくありません。散っていった人々のためにも、二度と悲劇は繰り返させないつもりです)


 二人に続き、唯も祈りを捧げた。


 スチュアートによれば、彼らはアメリカの生物学研究所で造られたらしい。となると、唯たちを巻き込んだ「サウザンド・コロシアム」計画、クローン体が米国西海岸、および日本の関東地方を襲った一連の事件の発端は、アメリカだということになる。


 現在、日本政府がアメリカに事実関係を確認しているところだ。しかしアメリカは認めず、「そんな生物兵器を造れとの命令は出していない」の一点張りである。


 米国がなかなか折れないのも、分からなくはない。もし自らの非を認めてしまえば、かの国は国際社会からの非難にさらされることになる。日米両国でクローン体を鎮圧し、騒動は収まったものの、それでも犠牲者の数は甚大だからだ。


 もっとも、アメリカが再び生物兵器の研究に着手するとは考えにくい。人間にはコントロールできなくなった怪物は、研究所所長だったスチュアート氏をはじめ、関係者を皆殺しにしてしまった。研究を続けるには、あまりにもリスクが大きいのだ。


 世界が正しい方向へ導かれ、管理者たちを生み出した者に早く正当な裁きが下ることを、唯は願った。



(……あの、えっと、美音さん)


 瞑目したまま、やや顔を赤らめているのは和子だ。恥じらっているのではなく、緊張しているのだろう。


(短い間でしたけど、今までありがとうございました。美音さんがいたからこそ、私たちは力を合わせて戦ってこれました。離れていても、私たちの心はずっと一緒です。私、美音さんのことは一生忘れません)


 ダンスパーティーの日に、自分へ向けてくれた美しい笑顔を忘れることはないだろう。


 死んだ人が戻ることはない。残された者は去った者のことを想い、前に進むしかない。美音から託された未来を、希望を、生き残った戦士たちが繋いでいかなければならないのだ。  


 さっき立てられたはずの線香が、いつしか短くなっている。各々が一心に祈りを捧げ、彼女を弔った時間は永遠にも感じられた。



 黙祷を終えると、大吾が遠慮がちに口を開いた。


「……あの子の最期は、どんなだった?」


 愛娘の死を看取ってやれなかったのが悔しい。そんな思いが、痛いほど伝わってくるようだった。菅井たちの訪問を許したのも、「海上都市での娘の様子を知りたい」という考えがあったからかもしれない。


「美音さんは、最後まで俺たちのために尽くそうとしていました。自分のことを顧みず、仲間のためなら何でもする――素敵な人でした」


「そうかね」


 一つ一つ言葉を選び、菅井が静かに答える。大吾はうんうんと頷き、それから目尻を指で拭った。


「……美音らしいな。君たちと一緒に過ごせて、あの子も幸せだったと思うよ」


 悲しみに暮れるばかりだった彼の日々に、微かに光が差した。


 美音の魂は生き残った者に受け継がれ、今も彼らの心の中で生きていた。



「うっ、うっ。うわああああん!」


 大吾の涙を見て感極まったのか、和子が大泣きしてしまった。


「ううっ。美音さん、天国で見てて下さいね。私、美音さんの分も頑張って生きます。ドジで不器用で、どうしようもない私ですけど、一生懸命やってみます。街に来たばかりの頃みたいに、生きることを諦めたりなんか絶対しません!」


「ちょっと和子。お父様の前なんだから、もう少し抑えて……」


 泣きじゃくる彼女をなだめようとした唯だったが、我慢の限界が来てしまった。とうとう涙腺が崩壊し、唯も号泣する羽目になる。


「う、うううっ。私、こんなキャラじゃないのにっ」


 泣き顔を見られたくないのだろう。スーツの袖で目元を隠し、愛用しているグレーの布マスクで口元を完全ガードし、彼女もさめざめと泣いた。


 菅井と武智も涙がこぼれそうになったが、どうにか堪えた。全員が泣き出したらカオスすぎるし、大吾も困惑するかもしれない。


 涙は、小笠原家を辞去してからにとっておこう。そう思った。


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