005 交渉決裂
(……ああ、そういうことか)
この男こそが、「トリプルセブン」。そして板倉たち、ごろつきをまとめ上げているリーダーなのだ。相手の正体を悟り、能見は心拍が速まるのを感じた。
驚くべきことに、彼はこの短時間のうちに仲間を増やし、大規模なグループのボスにまで上り詰めている。板倉たちが束になっても敵わないほどの圧倒的な力で、彼らをねじ伏せてきたのだろう。
彼の呼び名の由来は、すぐに分かった。半袖シャツの襟から覗く首筋に、「777」の刻印がある。
「はじめまして。僕は芳賀賢司、ここでの通り名は『トリプルセブン』だ。一応、この組織の代表を務めさせてもらっている」
「俺は能見俊哉だ」
すぐに襲いかかってこないところを見ると、どうやら板倉たちよりは話が通じそうだ。拳銃を構えた手を下ろし、能見も名乗った。
「正直、ちょっと驚いたよ。被験者は皆、他の被験者を殺して回ってるものだと思ってた。けど、お前は命までは奪わず、仲間として従えている」
「出くわした奴を片っ端から殺すのは、馬鹿のやることさ」
対して芳賀は、おかしそうに笑みを浮かべた。「やろうと思えばいつでも殺せた」というニュアンスを言外に感じ、能見が眉根を寄せる。
「数十人単位ならともかく、このデスゲームは千人規模。生き残るためには、頭を使わなくちゃね」
「……能見くん、逃げようよ」
くいくいと袖を引っ張り、陽菜が囁いてくる。彼女の目には、恐怖がありありと浮かんでいた。
「このままじゃ、なぶり殺しにされちゃう。いくら私の予知があっても、これだけの人数を相手取るのは無理だよ」
「ごめん。もう少しだけ粘らせてくれ」
だが能見は、その手をそっと払った。
「こいつは、今までに出会った奴らとは何か違う。突破口が開けそうな気がするんだ」
再び芳賀へと向き直り、能見は思い切って提案した。いちかばちかの賭けだった。
「俺には、お前たちと戦うつもりはない。俺たちが戦うのは、この街の管理者だけだ」
「……何だって?」
「なあ、協力してくれないか。皆で力を合わせて、管理者を倒そう。百人しか生き残れない殺し合いなんて、絶対に間違ってる。争いをやめて、被験者同士で手を取り合うんだ」
必死に説得した甲斐があったのだろうか。芳賀は俯き、瞑目しているように見えた。
けれども、面を上げた彼は、さぞおかしそうに笑っていたのだった。
「……ククッ。いや、失礼。あまりにも他愛ない絵空事を語るものだから、笑いを堪えられなかった」
気づけば、彼の同胞たちも冷笑を向けている。
「大体僕たちは、管理者が何者なのか、どこから放送で語りかけているのかすら知らないんだよ。それなのに、彼らに反逆して倒すだって? 叶わない夢は、見ない方がいいな」
「そんなの、やってみなきゃ分からないだろ。試しもせずに諦めるなんて、俺は納得できない」
なおも反論する能見を一瞥し、芳賀はため息をこぼした。
「というか、僕は別に管理者と戦う必要がないんだよ。このペースで他のエリアも支配下に置き、勢力を広げていけば、僕のチームは確実に上位百位以内へ入れるからね」
「……ふざけやがってっ」
もう我慢の限界だった。陽菜の制止を振り切り、能見はトリプルセブンこと芳賀へ掴みかかっていた。
「自分たちさえ助かれば、他の九百人はどうなってもいいって言うのかよ。そんなの、俺は認めない」
だが、掴んだはずのシャツは手の中にない。どういうトリックを使ったのか、能見の腕は空を切っていた。あるいは、これがトリプルセブンの能力なのだろうか。
「おっと、危ないなあ」
迷惑そうな表情を浮かべ、芳賀は部下たちの背後、人垣の最後列に立っていた。呆然としている能見たちを見やり、部下に命じる。
「どうも彼らを手なずけるのは難しそうだ。さっさと始末しろ」
「はっ」
板倉をはじめ、芳賀の手下は迅速に動いた。
あっという間に能見と陽菜は包囲され、無数の銃口を向けられていた。
(自ら手を下すまでもない、ってことか)
舐められたものだな、と能見は芳賀を睨んだ。自分たちの処理は、部下に任せるつもりのようだ。
陽菜と背中合わせに立ち、彼は声をひそめる。
「仕方ない、実力行使だ。どうにかして突破するぞ」
「……う、うん」
角度的に顔は見えないが、緊張した声音が返ってきた。
銃を構えた男たちは、一向に撃ってくる様子がない。あくまで威嚇だけに留め、殺しはしないつもりか。そうではないだろう、と能見は考えた。
確かに多勢に無勢だが、この人工都市は広さが限られている。正方形に近いかたちをしている街の、その一辺は一キロメートルに満たない。ゆえに建物と建物の感覚は狭く、能見たちのいる通りも幅に余裕がない。
狭い範囲に密集した状態で、やみくもに撃ちまくればどうなるか――素人でも想像がつく。流れ弾が四方八方へ飛び散り、敵だけでなく味方も負傷する大惨事になりかねない。
能見も芳賀の部下たちも、今日この街に連れてこられたのは同じだ。言い換えれば、実戦経験に大した差はない。数的有利を活かし切れない彼らを前に、能見は「勝機はゼロじゃない」と勇んだ。




