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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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155 不滅のパートナー

(……てか、移動手段は徒歩しかないのかよ。ここから渋谷まではそこそこかかるぞ)


 勢いよく飛び出したはいいものの、能見は少しげんなりしていた。あるものは炎を上げて燃え、またあるものは外壁を抉られ、潰れ、今にも倒壊しそうなビルの間を走る。


 目的地までにはそれなりの距離がある。しかも、度重なるクローン体の攻撃によって交通網は麻痺し、道路も瓦礫で封鎖されている箇所が多かった。電車も車も使えないのなら、走っていくしかない。ヒーローの登場としては、何とも情けない状況だ。


 いや、見栄えはこの際どうでもいい。彼には他に、もっと真剣に考えなければならないことがあった。


(俺は、まだ戦えるのか)



 走るペースを変えないまま、ふと右手に視線を落とす。拳を軽く握り、力を込めると、能見の腕を紫電が包み込んだ。バチバチと激しく火花を立て、威力は十分である。


 体が熱を帯びたりだとか、そうした異常は感じない。


 スチュアートとの決戦で、能見は怪人化を遂げた。紫色の皮膚を持つ姿へと変わり、覚醒した彼は、強化体になったスチュアートすら退けるほどの力を発揮した。奇跡的に、そこから人間の姿へ戻ることもできた。


 だが、もう一度怪人化したときに戻れる保証はない。怪人化すれば絶大な力を振るえるのは事実だけれども、それは最後の手段として取っておきたかった。


 今試してみて、人間の姿のままでも能力を使えることは分かった。怪人化に伴う諸症状も出ず、問題なく戦えそうだ。



(――でも、本当に大丈夫なのか。今は平気だとしても、戦っているうちに力を制御できなくなったらどうする?)


 拭い難い不安が、能見を襲った。もしまた怪人化したら、取り返しのつかないことになるのではないかと思った。


 あのときは芳賀や菅井に後を託したが、今回はそういうわけにもいかない。能見を止められるであろう戦士は、離れた場所で戦っているのだ。



「の、能見くん、ちょ、ちょっと待って……」


 深刻そうな表情で思い詰めていた彼の背に、ぜえぜえ、はあはあ、としんどそうな声が投げかけられる。


「置いて行かないでよお」


「……あっ。ご、ごめんな、陽菜さん」


 振り返り、能見は赤面した。彼から十メートルほど後方を、陽菜がふらふらと走り寄ってくる。


 考え事に耽るあまり、彼女のペースに合わせることを失念していたらしい。いつの間にか飛ばしすぎていたようだ。


「ううん、いいよ。私が足遅いのもいけないんだし」


 やっとのことで能見に追いつき、陽菜はけほけほと軽く咳き込んだ。それから、期待を込めて彼を見つめた。


「ねえ、近道しちゃってもいいかな?」


「近道?」


「うん」



 ついてきて、と言うが早いか、陽菜はジョギングするくらいのペースで走り出した。能見が今まで進んでいた大通りではなく、裏路地に入っていく。どんどん細い道へ進んでいくので、能見は心配になってきた。


「本当に、このルートで渋谷まで行けるのか? どんどん遠ざかってるような気がするんだけど」


「うーん、たぶん行ける!」


 陽菜は元気いっぱいに答えた。困惑しつつも、能見は彼女を信じて追いかけた。


 やがて気づいたことがある。曲がり角に差し掛かるたびに、陽菜は刹那、目を閉じている。そして目を開けたときには、迷うことなく進むべく方向を決めていた。


「よしっ、次はこっちっぽいかも」


 おそらくは予知能力を応用して、彼女は最短ルートを見つけているのだろう。かなり曖昧で、直感に近いともいえる方法だが、共に戦ったパートナーの勘なら信じられた。


(何だか、監視カメラを破壊して回ったときのことを思い出すな)


 人間カーナビとでも呼ぶべき陽菜の力に、能見は内心、舌を巻いていた。



 どこをどう進んでいるのかも定かではなかったが、いつしか渋谷に着いていた。


 スクランブル交差点を行き来する人影は一つもなく、代わりに街を闊歩しているのは怪人たちだった。オーガスト、アイザック、ケリー、スチュアート――かつて倒した管理者そっくりの敵が、不気味な鳴き声を上げてさまよっている。


 自衛隊だか警察機動隊だかは分からない。防弾シールドと銃を構えた集団が、果敢に彼らに挑む姿もあった。しかし、怪人たちは被弾してもほとんど怯まない。紅の怪人たちが放った稲妻で、部隊はたちまち薙ぎ払われてしまった。


 やはり、自分たちが戦うしかないのだ。


「――行こう、陽菜さん」


 覚悟を決め、戦場へ踏み出してもなお、能見の手は震えていた。


 本当は怖かった。クローン体を蹴散らすために力を使い続ければ、いずれ自分はまた、自我を失いかけてしまうかもしれない。そして、隣にいる大切な人を傷つけてしまうかもしれない。


 初めて二人が一緒に戦ったとき、紫電をコントロールできず、危うく陽菜にも当ててしまうところだったように。



「大丈夫」


 震えていた手を、陽菜がそっと握る。


 驚き、口を半開きにしている能見へ、陽菜は微笑みかけた。


「能見くんが危なくなったら、私が絶対止めるから。今までもこれからも、それは変わらないよ」


「……ああ。そうだったな」


 思わず、どきりとした。動揺を隠すのに必死だった。


 あのときも、彼女は自分を止めてくれた。稲妻の力を制御できず、苦しんでいた能見を、陽菜は抱きしめた。雷が降り注ぐ危険な状況下でも、ためらわず自分を助けようとした。


 確信を持って言える。花木陽菜は、最高の仲間でありパートナーだ。



「ねえ、能見くん。私ね」


 手を繋いだまま、陽菜は囁いた。心なしか顔が赤い。


「えっ?」


「ううん、何でもない」


 反射的に聞き返すと、彼女は悪戯っぽく笑った。


「それじゃ、行こっか」


「おう」


 もう迷いは吹き飛んでいた。


 和子から受け取ったライフルを、陽菜が構える。両の拳を握り、能見がクローン怪人の群れへと突進する。 



(――俺は戦う。たとえ、この力がいつか身を滅ぼすのだとしても、俺には信じられる仲間たちがいる。陽菜さんという、最高のパートナーがいる。だから戦える!)


 腕に纏わされた紫電が、唸りを上げる。螺旋状に絡みつき、雷撃の槍と化したそれを、能見は怪人たちへ向けて放った。


 胴を貫かれ、クローン体がばたばたと倒れる。慌てふためき、連携が崩れたところに、陽菜が銃弾を見舞った。


 鮮やかなコンビネーションで、二人は怪人たちを次々と屠っていった。



 アメリカの生物学研究所で、「究極の生物」として造られた怪物。のちに「管理者」と名乗る彼らの手によって、秩序は混沌に変わった。


 スチュアートが主導した「サウザンド・コロシアム」計画、そしてクローン体の攻撃により、数多くの命が奪われた。今もなお、クローン群の残党がアメリカ・日本両国の各地を襲っている。


 一連の悲劇にピリオドが打たれるまで、あと僅かだ。


 この世界に再び平和が訪れるその日まで、戦士たちは人知れず、過酷な戦いに身を投じるのである。


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