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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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153 カントリー・ロード

「いやー、ええ景色やなあ。潮の匂いが気持ちいいわい」


 ガハハ、と豪快に笑い、武智はデッキから身を乗り出した。見渡す限りの海原に、そして海上都市を脱出したという事実に興奮し、彼は子供のようにはしゃいでいた。


 スチュアートに胸部を貫かれ、生死の境をさまよった武智だったが、幸いにも治癒能力を持つ被験者が見つかり、その助けを得て復活したのである。


 なお、怪我人の命を救うためとはいえ、ナンバーズ以外の被験者に能力を使わせることには抵抗もあった。力を使いすぎれば怪人化してしまうと分かっている以上、負担をかけることはできないからである。


 けれども、能見たちによって携帯食料が大量に発見されていた。これ以上被験者がゼリー摂取をしないであろうこと、また治癒能力を持つ者に現在、怪人化の症状が全く出ていないことを考慮し、武智を助けてもらったわけである。



 何はともあれ、彼は今、元気そうであった。


「はよう日本に戻りたいわ。二か月間ゼリーとカロリーメイトばっかり食わされて、もう頭がおかしくなりそうやで。帰ったら、やっとまともな食事ができるのが楽しみや」


「浮かれすぎるなよ、武智」


 その横に立つ菅井が、彼に釘を刺す。強い潮風に前髪が揺れていた。


 彼らは今、フェリーに乗って日本を目指していた。あれから船を操縦できる者を探し、食料などの物資を詰め込んだりと大忙しだったが、どうにか全行程を終え、出発できたのだった。


 生き残ったすべての被験者、数百名を乗せて、フェリーは目的地を目指して動き出した。


「日本へ戻っても、俺たちの戦いが終わったわけじゃない。管理者のクローン群がまだ暴れている。そいつらを撲滅してはじめて、俺たちは奴らに勝ったといえるんだろう」


「せやな。リーダーの言う通りや」


 身を翻し、今度は逆に、背中を手すりにもたせかける。腕組みをして、武智は大きく頷いた。



 スチュアートいわく、クローン体の寿命は約三か月。管理者が行ったデスゲームの期間とほぼ一致している。


「0」番の薬剤を投与して強化体になったスチュアートを倒したのが、ゲーム開始から約二か月後のことだ。それから、フェリーの出港準備に一週間弱かかっている。海上都市から日本までどれくらいかかるかは不明だが、数日くらいは要するのではないか。


 つまり、日本に到着した時点で、クローンの残りの寿命は二週間から三週間。各地で暴れ、破壊活動を行っている個体も一定数いると思われた。


「全部終わったら、皆、俺の家でたこ焼きパーティーでもやろうで。本場の味を見せたるわ」


 関西出身の血が騒ぐ、と武智はまた豪快に笑った。


 自分の家が戦乱で破壊されている可能性を考えていない辺り、能天気というか、抜けているというか、面白い男である。



「は? 武智の家に行くとか、普通に嫌なんだけど。生理的に無理」


 露骨に引いてみせたのは、唯だった。いつもの四人で固まっていて、他の知人が近くにいないのをいいことに、これ見よがしに続ける。


「あーあ。どうせお邪魔するなら、荒谷さんみたいにかっこいい人がいいのになー」


「何やねん、そのリアクションは。……え、もしかしなくても俺、女性陣からの好感度低いんか?」


「当たり前でしょ。今さら何言ってるわけ?」


「ぐはっ」


 容赦ない一言が、武智の胸にぐさりと刺さる。ふらふらと座り込んでしまった彼へ、菅井は何も言わず、ただ憐れむような視線だけを送った。


 武智は以前にも、荒谷に怪我を負わせたために咲希から恨まれ、好感度を大きく下げたことがある。体格に恵まれているし、顔立ちも悪くないのに、粗野な言動が目立つからか人気はいまひとつのようだ。


 ちなみに、和子はというと「唯ちゃん、言いすぎだよ。私もそう思うけど!」と発言したので、フォローにすらなっていなかった。



「……楽しむのは大いに結構だが、それとは別にやらなければならないこともある」


 落ち込んでいる武智をよそに、菅井が静かに言った。


「すべて片付いたら、美音さんをちゃんと弔おう。そして、彼女が逝った後のことを報告するんだ。管理者を倒したこと、海上都市を脱出できたこと、皆無事だということ――先代リーダーへ伝えるべきことは、山のようにある」


 あの日、美音はスチュアートの不意打ちを受けて死んだ。彼女の遺体は管理者たちに回収され、研究対象とされた。怪人化の傾向は見られなかったものの、貴重なナンバーズであるがゆえ、それなりの価値はあったのかもしれない。


 能見が管理者の拠点を発見、捜索した際にも、美音の遺体は見つからなかった。死体を埋葬することはできないが、だからこそ、彼女の最期を見届けた自分たちが責任をもって弔わなければならない。

 


 カントリー・ロード

 この道 ずっと行けば

 あの街に続いてる 気がする

 カントリー・ロード


 美音が開いたダンスパーティーで歌った歌を、四人は誰からともなく口ずさんでいた。


 目を閉じれば、そこには在りし日の小笠原美音がいる。いつもと変わらないゆるふわ笑顔を振りまき、悪戯っぽい仕草で皆を魅了している。


 あの日と同じように、彼女は四人の手を取って踊っていた。


(美音さん。俺たちは今、海上都市を出たところです。日本へ、俺たちの故郷へ帰ろうとしています)


 菅井が想いを伝えようとするのを、笑みをたたえたまま、黙って聞いている。


(あなたが託してくれた想いは、確かに受け継ぎました。管理者の脅威は去り、グループの皆も無事です)


 ふと、美音がステップを踏むのをやめ、こちらへ近づいてくる。菅井を見上げ、無邪気に微笑んだ。


(――ありがとう、皆)



 不覚にも涙がこぼれそうになって、菅井は懸命に堪えようとした。武智も、唯も、和子も、泣きそうになっていた。


(皆、本当に大好きだよ。短い間だったけど、私は皆のリーダーでいられて、とてもとても幸せだった)


 死者の声を聞くことはできない。すべては、祈りと幻想の産物にすぎないはずである。だがこのとき、四人には美音の心の声が確かに届いたように感じられた。


 身近な人物の死は、時として呪縛になる。美音からグループの未来を託された菅井が、生き延びるため、美音の想いに応えるために管理者に一時協力していたように。


 しかし今の彼らは、完全に呪縛から解放されていた。


 スチュアートの計画は頓挫し、凄惨な殺し合いの日々は終わりを告げた。菅井たち四人の新たな一歩は、今この瞬間から踏み出されたのだ。


作中で引用した楽曲:「カントリーロード」本名陽子 1995年、初版リリース。

アメリカの歌手ジョン・デンバーが1971年に発表した「Take Me Home, Country Roads」(邦題:故郷へかえりたい)を日本語に訳してカバーしたもの。

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