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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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148 神様が微笑んでくれた

「……それにしても、不思議だよね」


 あまり長い間、休むつもりはなかった。てきぱきと支度し、玄関で靴を履く。


 いざ部屋を出ようとしたところ、陽菜はこう呟いたのだった。


「能見くんは、どうして元に戻れたんだろう?」


「正直、俺にもよく分からないんだ」


 顎に手を当て、うーんと考え込む陽菜。能見も軽く肩をすくめた。


「スチュアートによれば、俺に投与された『6』番の薬は、十種の中で最も肉体変化の効果が強いらしい。人から怪物に変わることもできれば、その逆も可能ってことなのかもしれないな」


 今回起こったことに再現性があるのかどうか、能見には分からない。もう一度変身すれば、戻れなくなってしまう可能性もある。偶然だったのか必然だったのか、定かではない。



 アパートを出て、二人は芳賀に指定された場所へ向かう。


 見上げた空は透き通るように青い。北側の防波壁が下がり、海が見えるようになったことで、街には解放的な雰囲気が漂い始めていた。騒ぎを聞いて飛び出し、おろおろしている人々も時折見かける。


 ゆくゆくは、彼らに事情を説明せねばなるまい。管理者を倒し、デスゲームは終わったのだと告げなくてはならない。だが今は、苦しんでいる者を救うのが先だった。


「――難しいことは分からないけどさ」


 空を見上げて、能見はぽつりと言った。それから、くしゃっと笑顔になった。


「もしかしたら、最後の最後で神様が微笑んでくれたのかもな」


「……うん。きっとそうだよ」


 私のお祈りが効いたのかも、と陽菜も嬉しそうに笑う。今までに見た中で一番明るく、幸せそうな笑顔だった。



 どちらからともなく、二人は手を取った。約束の場所を目指して、歩調を速めて進む。


 トリプルシックスのナンバーは「獣の数字」であり、不幸の象徴とされていた。ナンバーズの中でただ一人怪人化のリスクを背負い、管理者との戦いでは文字通り身を削った。


 強い力と引き換えに、苦労することも多かった。しかし彼は、能見俊哉は、自らの運命と戦って勝ったのである。


 その先に待つ未来のために、能見の物語はもう少し続くことになる。



「やあ」


 二人に気づき、芳賀がひょいと手を挙げる。


 彼もまた、着替えを済ませていた。


 炎に焼かれて焦げた衣服は、少々セクシーすぎると思ったのか。和子に治療の続きをしてもらった後、管理者から支給された無地のシャツを着ている。


「それじゃ、探検に行こうか」


 三人が立っているのは、巨大な穴の側である。


 先刻、怪人化した能見は地面を叩き割り、スチュアートらが使っていた地下通路を発見して彼を追った。そのときに生じた穴が、まだ残っている。


 スチュアートを倒すことには成功したものの、怪人化の症状を止める方法は聞き出せていない。そこで芳賀は「管理者の拠点に下りて、手がかりを掴む」という作戦を立てたのだった。



 側に寝かせてあった鉄製の梯子を、芳賀が慎重に地下へと下ろしていく。ありったけの鉄材を使い、和子が作ってくれたものだった。


「下りるときは足元に十分注意してほしい。危険を回避できる僕と、事前に察知できる陽菜さんは別として、能見は足を滑らせたら一巻の終わりだからね」


「死ぬかもしれないの俺だけかよ⁉」


 注意事項の説明かと思いきや、さらっととんでもないことを言われた。思わずツッコミを入れる。


 あるいは、また怪人化して肉体を強化すれば、落下の衝撃にも耐えられるかもしれない。できることなら変身したくはないけれども。


 能見は結構心配していたのだが、地下への旅は問題なく行われた。三人とも無事に梯子を下りて、複雑に張り巡らされた通路へ降り立つ。


「こっちだ」


 能見にとっては、一度通ったことのある道だ。怪人化したときのように匂いで追うことこそできないものの、記憶を頼りに進む。


 やがて、左側の壁に金属の扉がついているのが見えた。ためらわず、能見がドアを開ける。


 管理者が使っていたモニタールームへ足を踏み入れ、芳賀と陽菜は興味深そうに辺りを見回した。


「……なるほど。彼らはここから僕たちを監視していたんだね」



 碁盤の目のように、壁一面にびっしりと並んだモニター。既に半数以上がブラックアウトしているが、一部はまだ機能している。海上都市の殺風景な日常が、画面の中に延々と映し出されていた。


 モニターの端には、大きなレバーのようなものが四つほどついていた。黄と黒の警告色で彩られた、何やらデンジャラスな香りのするボタンも取り付けられている。


 防波壁の高さを調節したり、上空を覆う電磁バリアを発生させたりする装置も、この部屋にあるのかもしれない――操作方法も分からないのに、触ってみる気にはなれなかったが。


「それで、これが私たちに投与された薬品?」


 デスクをがさごそ漁っていた陽菜が、薬剤の入った小瓶をいくつか見つけ出した。「ふむふむ」と瓶を眺めてみるけれども、薬の知識がない自分たちには扱えない代物だ。


「0」から「9」の番号が振られたそれは、ところどころ欠番があった。能見に踏み込まれる前、スチュアートが誤っていくつかを割ってしまったからである。


「とにかく、怪しそうな場所は全部探してみよう。この部屋のどこかに、怪人化を止める方法が隠されているかもしれない」


 能見の指示で、三人は手分けしてモニタールームの捜索を始めた。芳賀がモニター周辺を、陽菜がデスク周りを、能見はそれ以外の壁や床を調べていく。


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