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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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147 ともに笑い合える日々

 彼女の懸命な祈りが、天上の神へ届いたのだろうか。


 次の瞬間、怪人は動きを止めた。すっと立ち上がり、束の間、その肉体を白い光が包んでいく。


 眩い光のシャワーの中、紫色の皮膚が徐々に溶け、朽ち果てるようにして消えていく。代わりに、その下から新しい皮膚が現れた。それは紛れもない、人間の肌だった。


 能見俊哉という一人の人間の姿が、再構築されていく。怪人化したときとは真逆のプロセスをたどり、彼は人の姿を取り戻した。


「……陽菜さん?」


 やがて光が止んだ。閉じていた目をうっすらと開き、能見は呟いた。


「……能見くん?」


 信じられない、と言いたげに、陽菜が両目を涙でいっぱいにする。一度は人の姿を完全に失った能見は、今目の前にいた。戸惑ったような表情でこちらを見つめる彼に、陽菜は抱きつこうとした。



「良かった。能見くんが無事で、本当に良かったよっ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ、陽菜さん」


 だが、芳賀が彼女を止めた。後ろから羽交い締めにし、能見の元へ行かせまいとする。


「気持ちは分かるし、僕も嬉しいけど、今ハグするのは少々問題がある。後にしてくれないかな」


「えー、何で? 芳賀くんの意地悪! お馬鹿! あんぽんたん!」


「我ながらひどい言われようだね。ていうか、そこまで言う必要あるのかい……?」


 むうっと頬を膨らませ、陽菜は猛烈に抗議しようとした。が、なぜか能見から目を逸らしている芳賀に、違和感を覚える。


「あ」


 それから、かあっと赤くなってうつむいた。


 能見が奇跡的に復活したことで、一時的な興奮状態に陥っていたのだろう。かけがえのないパートナーの顔ばかり見つめていて、他の部分に注意が向かなかった。


 肉体は元の状態に戻ったが、変身を遂げる際に溶けてしまった服までは修復されていなかった。つまり、今の能見は全裸だった。


「……やっぱり俺、不幸なのかもしれないな」


 体の前を手で隠し、ヒーローはちょっと気まずそうに笑った。



 ひとまず、拠点に戻った。


 特に怪我がひどかった菅井、武智、荒谷の三人を、芳賀と和子、唯が協力して連れて行く。能見も部屋に戻り、急いで服を着た。


「能見くん」

「何だ?」


「もう目を開けていい?」

「いいよ」


 着替えている最中、陽菜は反対側を向き、両手で顔を覆っていた。シャツに袖を通し終えて声を掛けると、彼女はくるりと振り向いた。


 そっと手を下ろす。心なしか、まだ顔が赤い。


「……えっと、さっきはごめんね。私、どうかしてたのかも」


「いや、俺の方こそ」


 陽菜が裸体を見て赤面していたように、能見もまた、ありのままの姿をさらけ出してしまったのは恥ずかしかった。照れたように頭を掻く。


 一種の事故のようなものだった。気づいたときには人間の姿に戻っていたのだから、対応のしようがなくて当たり前である。


 ハプニングとはいえ能見の裸を見てしまったことに、陽菜はきっとやましい気持ちを抱いているのだろう。どぎまぎしつつ、上目遣いにこちらを見る姿は可憐だった。


(純粋なんだな、やっぱり)


 天然でぶっ飛んだ言動が目立つが、根本的なところでは、彼女は普通の女の子なのだろう。と、能見がお気楽な想像をめぐらせたのも束の間だった。



「もしかして私、いけない子なのかも」


「えっ?」


「能見くんの裸を見ちゃってから、興奮……じゃなくて、ドキドキしちゃって。それが止まらなくて。今も、顔から火が出そうなくらいなの!」


 きゃー、と可愛らしい悲鳴を上げて、陽菜は両手を頬に添えた。ぱちーんとウインクするのも忘れない。謎にあざと可愛いのが、また罪深い。


「今、絶対『興奮』って言おうとしただろ」


 引きつった表情で、能見は曖昧に笑った。


 前言撤回である。陽菜は純情なわけではなく、その手のことへの興味は人並みにあるようだ。経験こそなくても、憧れは抱いているということか。


 まあ、そんなところも魅力的と言えなくもないのだが。



「言ってないもん!」

「いや、言った」


「言ってないってば!」

「絶対言った」


 ひとしきり主張をぶつけ合ったが、お互いに譲歩しない。小学生レベルの言い争いをしていることに気づいたのか、やがて二人はおかしそうに笑った。


「ふふっ。なんか能見くんって、馬鹿みたいだね!」


「ニコニコ微笑みながら、ひどいこと言うのやめろよ。てか、陽菜さんにだけは馬鹿って言われたくないんだが……」


 他愛のないお喋りは、きっとこれからも続くのだろう。


 何はともあれ、二人が笑い合える日々は守られた。


 管理者との長い戦いは終焉を迎え、残された被験者を救うべく、彼らは最後の仕事に取りかかるのだった。


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