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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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145 僕が君を止める

「わあ、それは何よりです!」


「……本当に便利な能力だよね、その未来予知ってやつ」


 和子もぱあっと顔を輝かせる。唯もまんざらでもなさそうだ。


 というか、彼女の場合は単に感情表現が下手なだけである。あるいは、照れくささを感じているのか。


 はたして、陽菜の見たビジョンは間違ってはいなかった。


 ダン、と音がして、黒い影が穴から飛び上がる。着地した紫の怪人を見て、陽菜は歓声を上げた。


「おかえり、能見くん!」


 だが、怪人は無言のままである。すっくと立ち上がり、冷たい眼差しで三人を見つめた。


「色々あったけど、お疲れ様。スチュアートには勝ったんだよね?」


 陽菜が笑顔で話しかけても、彼は何の反応も見せなかった。


「……えっと、能見くん?」


 徐々に笑顔が引きつり、陽菜の表情を怯えがよぎった。



 確かに能見は無傷だった。雷撃の槍を喰らわせ、スチュアートを屠った。けれども、彼は心を失っていた。


「――グオオオオオッ」


 天を仰ぎ、紫の怪人が雄叫びを上げる。両腕を大きく広げ、爪の先端に稲妻を纏わせる。


 紫色に光る目に、理性は宿っていなかった。


「そんな、まさか」


 口元に手を当て、陽菜は大きく目を見開いた。変わり果てた能見の姿は、三人に衝撃を与え、すぐに受け入れることなどできなかった。


 陽菜の目が潤み、縋るように何度も言う。


「嘘だよね、能見くん。生きて帰ってくるって約束したけど、私はこんなこと望んでないよ。……ねえ、能見くん。能見くんってば!」


 非情にも、神は彼女の祈りを聞き届けなかったのだろうか。あるいは、そもそもこの世に神などおらず、神とは寄る辺のない人間が作り上げた幻想にすぎないのだろうか。


 今や、彼の心は獣そのものだった。敵と味方の区別もつかず、ただ本能に突き動かされるがままに暴れる怪物であった。


 結束し、管理者へ立ち向かったナンバーズの戦士たち。最後に彼らの前に立ちはだかったのは、戦士の一員、トリプルシックスに他ならなかった。



「ガルル」


 唸り声を発し、紫の怪人が陽菜たちの方へ歩み寄る。前かがみになり、両腕の爪を振り上げ、今にも飛びかからんとしている。


 スチュアートをも凌駕する力を得た能見にとって、もはやナンバーズなど敵ではない。正面からやり合えば、三人に勝ち目はないであろう。


「能見くん、私だよ。花木陽菜だよ。分からないの?」


 胸に手を当てて、陽菜が必死に訴えかける。が、心を失った怪人には届かない。


「……グオオオッ」


 紫の怪人が咆哮し、ターゲットとの距離を詰める。三人は慌てて後ずさろうとするも、能見のスピードの方が上だ。


 紫電を帯びたかぎ爪が繰り出されようとした、そのときだった。


「――やめろ、能見!」



 投擲された一本のナイフが、彼の脇腹へ命中する。硬い皮膚を貫くには至らなかったが、ごく浅い傷をつけ、小さく火花を散らす。


「彼女たちに手出しはさせない。僕が相手だ」


 シャツの前をはだけたままの恰好で、芳賀は上体を起こしていた。まだ傷が完全には癒えておらず、満身創痍だけれども、それでも闘志の炎は消えていない。


 目を細め、能見へ険しい眼差しを送る。地面に手を突き、ゆっくりと立ち上がる。


「これ以上やるというのなら、手加減はできない。君が託してくれた通りに、僕が君を止めてみせる!」


 両者の視線がぶつかり合い、場を緊張で満たした。



『……芳賀。もし俺がスチュアートと同じ存在になって、自我を失って暴れたら。そのときは、お前が俺を倒してくれ』


 あのとき、芳賀には僅かながら意識があった。能見の望みを、彼ははっきりと覚えていた。


 友との約束を果たすべく、芳賀は悲壮な覚悟でナイフを手に取ったのだ。



「芳賀くん、体はもう大丈夫なの⁉」


 陽菜は心配そうな声を上げた。


 和子の能力で焼かれた皮膚は治したものの、それはあくまで応急処置だ。本来なら、水で体を冷やすなどして念入りに治療する必要がある。


「僕を誰だと思ってるんだい? 幸運の加護を受けたナンバーズ、トリプルセブンじゃないか。これくらいで倒れるほど、僕はやわじゃないんだよ」


 体の節々が痛んだ。それをおくびにも出さず、芳賀はすまし顔で応じてみせた。


(……板倉、それから愛海さん、すまないね。まだそっちには行けないみたいだ。僕は僕の使命を果たさなくてはならない)


 散っていった仲間たちに心の中で詫びてから、最後の戦いへ意識を向け直す。彼の手には、もう一本のナイフが構えられていた。


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