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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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144 決着と暴走の兆し

「黙れっ。俺が聞きたいのは、そんなことじゃない!」


 さらに攻撃を加えようとした能見だったが、それよりも早くスチュアートが動いた。素早く突き出された左手のかぎ爪が、能見の腹部へと深く突き刺さる。


「……があっ」


 口から血が溢れ、紫の怪人はふらふらと後ずさった。今の一撃で内臓を傷つけられ、彼はかなりのダメージを受けていた。


 自らも瀕死の重傷を負っているにもかかわらず、スチュアートがそれを見てほくそ笑む。おぼつかない足取りでデスクチェアーへ戻り、ゆっくりと腰を下ろす。


「『サウザンド・コロシアム』計画の被験者諸君は、いわば新人類だ。普通の人間にはない力を持った君たちは、いずれ人々から忌み嫌われるようになるだろう。君たちが私を倒そうとしたように、君たちも今の人類の手で駆逐される」


「でたらめを言うな。この期に及んで、まだ俺たちを弄ぶつもりか」


 傷口を手で押さえ、能見が彼をきっと睨みつける。



「でたらめではないよ。これは予言さ」


 薄い笑みを浮かべ、スチュアートは椅子の背にもたれかかった。


 穏やかな表情であった。もう何も思い残すことがないようだった。


 彼の命は長くはなかったし、敗北を認めたということはすなわち、自らの種族の滅亡を意味した。それでも最後に能見へ一矢報い、人類の未来に暗雲がたちこめることを予感して、スチュアートはどこか満足げに微笑んでいた。


「覚えておきたまえ。私たちは負けてなどいない。私の蒔いた戦乱の火種が、いつか必ず君たちを滅ぼす……」


 唐突に言葉が途切れた。がくり、と首が横を向き、やがて動かなくなる。


 スチュアートは瞼を閉じ、既に息絶えていた。激闘を制したのは能見だった。



 だが、その能見も無傷ではない。貫かれた腹部からは出血が止まらず、このままでは失血死する恐れがあった。


(こんなところで、倒れてたまるかよ)


 時折、視界がぼやける。一歩踏み出すごとに足が震える。痛みに耐えつつ、彼は体を動かそうとした。


 結局、スチュアートから秘密を聞き出すことは叶わなかった。深緑の怪人は不吉な予言を述べるのみで、怪人化を止める方法については最後まで明かさなかった。


 やはり、自分たちの手で真相にたどりつく以外に道はないのだろうか。仮にそうだとして、間に合うのか。咲希を助けられるのか。分からないことばかりだった。


 今の俺にできることは何だ。自問自答したが、はっきりした答えは出ない。



(……せめて、陽菜さんの笑顔だけは守りたい。生きて帰って、皆をほっとさせたい)


 ただ一つだけ、最初から考えていたことがある。スチュアートとの決着をつけたら、皆のところへ戻りたい。そして仲間たちを、とりわけ大切なパートナーを安心させてやりたい。自分に人の心が残っているうちに、やらねばならないことだ。


 しかし皮肉なことに、「生きたい」という能見の強い意志が、彼の中に眠っていた力を呼び覚ましてしまった。


「6」番の薬剤は、十種の中で最も強力な肉体変化効果を持つ。獣の数字、トリプルシックスを刻まれた能見の体内で、傷つけられた細胞が急激に修復を始めた。


 みるみるうちに出血が止まり、傷が塞がっていく。それに伴い、能見の意識は薄れ始めた。薬剤に含まれる成分が活性化したため、肉体と精神の怪人化が進んだのだ。



「――ガルルルッ」


 次に彼が発したのは、もはや人間の言葉ではなかった。獣の唸り声と同義だった。


 前傾姿勢をとり、狂ったように咆哮を上げる能見。荒々しく振り回す両腕、そこにそなわった爪は、以前よりも長く鋭く伸びていた。


 スチュアートの亡骸を放置したまま、モニタールームを出る。そして迷いのない足取りで、怪人は今来た通路を戻った。


 彼の目には、紫色の光が宿っていた。アイザックを屠ったときと同じ、あの輝きだった。


 能見の自我は、完全に失われていた。



 能見の無事を祈りながら、陽菜たちは救助活動を続けていた。和子の力を借りて負傷者の傷を塞ぎ、応急処置をしていく。


 菅井、武智、荒谷ときて、最後に残ったのが芳賀だった。スチュアートの自然発火能力を受けて、彼は全身の皮膚が焼けただれ、見るも無残な姿になっていた。


 が、まだ息はある。焼かれた皮膚を修復すべく、和子は芳賀の体へ手を当てた。直接触れる必要があるため、シャツを脱がせてから手を押し当てた。


「ち、治療とは分かっていても、何だかドキドキしちゃいます……」


「和子、心の声漏れてるよ」


 相方の背中に触れ、能力をブーストしてやりつつ、唯が呆れ顔で呟く。この非常事態に何を言っているのだ。


 ただれた皮膚を瞬時に分解・再構築し、元の状態に戻していく。色白な肌が芳賀の体を覆っていくのを眺め、和子はぽっと顔を赤らめていた。唯もつられて、「いけないことをしているんじゃないか」という気がしてくる。



(……って、あれ?)


 ふと、違和感を覚える。


 美音や咲希など、今までの和子はお姉さんタイプな女性に惹かれることが多かった。てっきり「そっち」の趣味があるのかと思っていたが、普通に異性にときめくこともあるのだろうか。


 芳賀の顔立ちが中性的なことも関係しているかもしれない。いかにも美青年といった風貌の彼は、愛海をはじめ、グループ内の女性メンバーから密かな人気を誇っていた。


(こういうタイプの男性なら、和子もドキドキしたりするのかな。べ、別に私は、良いなーとか思わないけど)


 唯は内心で付け足した。彼女にとっての王子様は、荒谷ただ一人である。彼と結ばれることは諦めているが、「そう簡単に他の男に移るほど、私は軽い女じゃない」と思いたいらしい。



 唯のブーストの甲斐あって、処置はすぐに終わった。ふう、と息を吐き出す二人。


 陽菜はというと、地面に開いた穴の縁に立ち、能見の帰りを待っていた。その表情は真剣である。


「あっ、なんかビビッと来た! 能見くん、もうすぐ戻ってくるんじゃないかな」


 予知能力を使い、ビジョンを見たのだろう。途端に嬉しそうに顔をほころばせ、陽菜は和子たちを振り返った。


「怪我もなさそうだったし、きっとスチュアートを倒したんだよ。良かったあ」


 にこにこ微笑む陽菜は、何の心配もしていなさそうだった。能見が勝ったと信じて疑わない、そんな様子だった。


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