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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
152/216

140 超覚醒!トリプルシックス

 ダン、と地面を蹴り飛ばす。


 稲妻の雨の中をかいくぐり、能見はスチュアートの懐へと飛び込んだ。握り固めた拳に紫電を纏い、アッパーカットを見舞おうとする。


(――速い。私の落雷をもってしても、トリプルシックスを狙撃することは困難だ)


 舌打ちし、スチュアートは後方へ跳び退いた。


(だが、所詮は自我を失った獣。今までに回収してきたサンプルと同じだ。本能のままに暴れる被験体では、私を倒すことなどできない!)


 ひらりと着地すると、今度は能見へ左手を向ける。そこから突風を放ち、牽制を試みた。



「……残念だったな。今の俺には、その攻撃は止まって見えるぜ」


 しかし、紫色の怪人はとっさに高く跳び、空気塊をかわしてみせた。空中で体を捻り、カウンターだとばかりに跳び蹴りを繰り出す。


 牙の並んだ口を動かし、能見はスチュアートを睨んだ。


「仲間を痛めつけられた借りは、ここで返させてもらう!」


「何っ⁉」


 猛スピードで放たれたキックを前に、スチュアートは反応が遅れた。紫電を纏った右足を、腹部に叩き込まれる。筋力も、電撃の威力も、以前の能見とは比べ物にならないほど向上していた。


 呻き声を上げ、数メートルも吹き飛ばされるスチュアート。どうにか体勢を立て直したが、まだ麻痺の効果が残っている。手足が思うように動かせない。


 彼が驚愕したのは、能見の戦闘力が劇的に上がったことではなかった。いや、確かにそれも注目に値するのだが、真に目をみはるべきは、紫の怪人が人語を解したということにあった。



「……さすがはトリプルシックス。私にすら未知の進化を遂げてくるとはね」


 能見の中には、まだ人の心が残っていた。それだけでなく、言葉を話すこともできる。


 愛海が怪人化したときも、同様のことは起きた。一度は我を忘れて暴れたものの、彼女は能見と陽菜を助けるために、わざと敵の注意を引きつけようとした。大切な友達を助けるために、愛海は自身を犠牲にしたのだった。


 けれども能見の場合、一瞬たりとも自我を失っていない。言葉による意思疎通も可能だ。ある意味、彼は全被験者の中で、最も管理者へ近い存在になったといえるかもしれない。スチュアートたちが求めていた「最適解」、つまり、彼らへ限りなく近い体組成を持った怪人になったのだ。


「君のように貴重な被検体を殺さねばならないのが、非常に残念だよ」


 最も良質なサンプルが最大の脅威になったことは、スチュアートにとって皮肉だったろう。能見のスピードに対抗すべく、腕を振って津波を呼び出す。


 下がった防波壁を乗り越え、高さ十メートル以上はあろうかという大波が押し寄せてくる。波はたちまち紫の怪人を呑み込み、余波が陽菜たちの足元をも濡らした。



(――計算通りだ)


 能見の姿が見えなくなったのを認め、スチュアートはほくそ笑んだ。


(これだけ大量の海水をぶつければ、トリプルシックスといえども動きが止まるはず。そこにもう一度雷を命中させ、さっさと決着をつけてあげよう)


 津波を喰らえば、能見の移動スピードは格段に落ちる。さらに、水は電気を通す。


 元々紫電を操れた彼は、怪人化によってさらに強力な電気攻撃が可能となった。ゆえに、同種の攻撃に対してはある程度耐性があると思われる。ターゲットの皮膚を海水で濡らし、電気耐性を弱めたところで倒すつもりだった。


 だが、スチュアートの思考はそこで中断された。


 地表を覆う波。その中を進んでくる、あの黒い影は何だ。



 疾駆する速度をほとんど落とさずに、能見はスチュアートへ迫っていた。海水の塊から抜け出し、大きく息を吸い込むと、満を持して深緑の怪人へ飛びかかる。


「……ったく、妙な技ばかり使いやがって。今度はこっちの番だ!」


 素早く繰り出したストレートパンチが、スチュアートの頬を捉えた。すさまじい衝撃を受け、怪人が後ずさる。


(あり得ない。私の津波を全身に受けながら、流れに逆らって走り続けていただと⁉)


 能見の力は、彼の予想をはるかに上回っていた。今やスチュアートは、恐怖すら感じていた。


「化け物め!」


 目をぎらつかせ、深緑の怪人が唸る。さっと手を振り、自然発火能力を発動させた。


 刹那、能見の全身が赤い炎に包まれる。さすがの彼も、このときばかりは苦しそうな表情を覗かせた。



「こんなところで……止まっていられるか!」


 しかし、それも束の間のことだった。歯を食いしばり、襲い来る灼熱に耐え、紫の怪人は再びスチュアートへ突進した。


 人のものとは異なる、パープル色の硬質な皮膚。じりじりと体を焼き焦がされても、短時間ならかろうじて耐えられた。


 スチュアートの戦略もまずかったかもしれない。最も殺傷力の高い自然発火を選んで攻撃したところまでは良かったが、津波との相性が悪かった。能見の皮膚はまだ海水で湿っており、炎の勢いがごく僅かに鈍ったのだ。


 かくして、全身を火に焼かれながらも、能見は最後の敵へと挑んだ。炎に包まれた拳に、さらに紫電を纏わせ、超高熱のパンチを叩き込もうとする。


 スチュアートにとって、能見のこの耐久力は恐るべきものだった。彼はまたしても自分の予想を超え、猛攻にも耐えきってみせた。



「面白い。私をもっと楽しませてみろ!」


 接近戦は不可避だと悟り、スチュアートもかぎ爪を振り上げた。


 能見の拳が、スチュアートの爪が、渾身の力を込めて繰り出される。


 両者の攻撃は、それぞれの胸部を捉えていた。ドン、と衝撃が広がり、互いにのけ反るようにして後退する。


 高熱の殴打を受け、スチュアートの胸板が薄く焼き焦げた。爪で切り裂かれ、能見の胸部から血が滴り落ちる。


「悪いな。俺は負けられない」


 それでも能見は怯まず、果敢に拳を振るった。足を踏ん張って態勢を維持し、すぐに次の攻撃へ移る。


「俺を信じてくれた皆のために、負けるわけにはいかないんだよ!」


「小賢しい。種族繁栄のため、私とて倒れるわけにはいかない!」


 負けじとスチュアートも啖呵を切り、爪を突き出した。


 二人の戦いはますます激化し、至近距離でのパンチの応酬になる。一発一発の威力は、常人の数倍。

人間離れしたレベルの死闘には、もはや他の者が割り込む余地がない。



(……負けないで、能見くん)


 彼女にできるのは、懸命に祈ることだけだった。


(神様がもしいるのだとしたら、お願いします。私たちのヒーロー、能見くんに力を貸して下さい)


 両手を組み合わせ、陽菜は藁にも縋るような思いで祈りを捧げた。


(能見くんはいつも、不幸な目にあってばかりでした。だから、最後くらいハッピーエンドにして下さい。皆が笑い合える、平和な世界に戻して下さい。お願いします)


 和子も唯も、能見に命運を託していた。スチュアートとの激闘から一時も目を離さず、真剣な表情で行く末を見守っている。


 これが最後の戦いだった。この決闘を制した者が、人類の未来を決めるのだ。


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