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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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138 俺は絶対に負けられない

「……限界だと? ふざけるなよ」


 能見の呼吸は荒く、滝のような汗が体を伝い落ちている。必死で高熱に耐え、彼はなおも立ち上がろうとしていた。


「俺はまだ戦える。多少熱があったって、それが何だって言うんだ。お前をぶっ飛ばして、陽菜さんたちを助けるまでは、倒れるわけにはいかないんだよ」


「……もうやめて、能見くん!」


 そのとき、陽菜が彼の元へ駆け寄った。



 今でも彼女は怖かった。スチュアートに殺されるのではないかと思うと、震えが止まらない。けれども、彼に挑み、能見がボロボロになっていくのを見るのはもっと辛かった。


 震えて座り込んでいたはずの陽菜が、我を忘れて駆ける。ただ大切な人を思うがゆえに、能見のところへ走る。


 側に屈み込み、彼女は能見の額へそっと触れた。あまりの熱さに、はっとして手を引っ込める。


「やっぱり、能見くんは」


「ああ。どうやらそうみたいだ」


 陽菜の肩を借りて、能見はゆっくりと立ち上がった。弱々しく微笑み、せめて彼女を心配させまいとする。


「少しくらいなら、能力を使っても耐えられると思ったんだけどさ。ごめんな。愛海さんと同じ症状が出たらしい」


 それでも陽菜を振り切って、能見は戦いへ臨もうとした。あえて彼女と視線を合わさないまま、スチュアートと対峙する。


「……けど、俺がやるしかないんだ。ここで俺が倒れたら、全部スチュアートの思い通りになってしまう。俺たちの今までの戦いも、全部無駄になってしまう。そんなこと、あってたまるかよ」


「だからって、自分が人間じゃなくなってもいいの? そんなの、絶対おかしいよっ」


 一度は止まりかけた涙が、再び溢れ出していた。能見の体が持つ熱に負けないくらい、陽菜の頬を伝う液体は熱かった。



「お願い、能見くん。行かないで。行かないでよっ」


 陽菜は嗚咽交じりに訴えた。スチュアートとは戦わせまいと、背中に抱きついて一歩も動こうとしない。


 自分を死なせたくなくて、彼女は必死で止めようとしている。陽菜の気持ちが辛いくらいに分かって、能見は思わず、自分まで泣いてしまいそうになった。


 だが、決して涙は見せない。無理に明るい笑顔をつくって、彼は半身で振り返った。


「なあ、陽菜さん。覚えてるか? 俺たちが、最初に力を合わせて戦ったときのこと」


「……えっ?」


 やや唐突に話題を振られた、と感じたのだろう。陽菜はとっさに、気の利いた返事ができなかった。



『オカルトじみた解釈なんて、気にしなくていいの。正しい心をもって使えば、どんな力だって正義になるから。……あのとき、能見くんは私を助けてくれた。能見くんは、私にとってヒーローなんだよ』


「あのとき陽菜さんは、俺のことを『ヒーロー』だって言ってくれたよな。俺、すごく嬉しかったし、めちゃくちゃ励まされたんだ」


「……何、で。そんなこと、今さらっ」


 泣きじゃくる陽菜の頭を、そっと撫でる。


 この最終決戦に臨む前から、能見の覚悟は決まっていた。今でもそれは変わらない。


「皆を守って戦うのが、ヒーローってものだろ。――俺はさ、陽菜さん。陽菜さんが信じてくれたヒーローとして、最後まで戦い抜きたいんだ」


 たとえこの身が滅びようとも、管理者の脅威から人々を救う。それこそがトリプルシックス、能見の覚悟だった。



「止めてくれてありがとな。陽菜さんならきっと、そうすると思ってた」


 陽菜の腕を取り、ゆっくりと自分から引き剥がす。抵抗はされなかった。


 最後に一度だけ、軽く抱きしめてから、能見は彼女から体を離した。この街にいる間、ついに伝えることのなかった思いの一部だけでも、伝わればいいなと思った。


 それから、倒れたまま動かない戦友を見た。意識があるのか、聞こえているのかも分からなかったが、彼は二人に語りかけた。


「……芳賀。もし俺がスチュアートと同じ存在になって、自我を失って暴れたら。そのときは、お前が俺を倒してくれ」


 あるいは、これが彼らに対しての最後の言葉になるかもしれなかった。


「陽菜さんの照準補助がない状態じゃ、俺はお前を一発殴ることすら難しい。お前なら、確実に俺を仕留められるはずだ」



「そ、そんなこと頼んでも、芳賀さんが了承するはずがないですよっ」


 あわわわ、と和子が青くなった。


 しかし、能見が話しかけているのは彼女ではなく、トリプルセブン、芳賀賢司だった。まるで彼に意識があると信じているように、能見は言葉を紡ぎ続ける。


「俺たちが最初に出会ったときのことを思い出せ。お前、俺を殺そうとさえしてたじゃないか。あれをもう一度やるだけだ」


 彼の台詞には、冷酷な響きがなかった。突き放したような印象も受けない。むしろ、そこにあるのは優しさと思いやり、これまでのことへの感謝の気持ちだった。


「芳賀は今までずっと、グループの皆をまとめ上げてくれていた。お前の力なら、俺は信じられる」


 悲しげな笑みを浮かべた青年は、皆に後を託し、最後の戦いに臨もうとしていた。



 次に視線を投げかけたのは、和子の処置で一命を取り止めた彼だ。


「いくら力が強くなったとしても、俺はスチュアートのようには姿を消せない。もしものときは、お前の停止能力で俺を止めてくれ。……色々任せちゃって悪いな。その代わりにってわけじゃないが、美音さんの無念は俺が晴らしてみせる」


 目を閉じたままの菅井へ、静かに語りかける。



「それじゃ、行ってくる」


「……うん」


 陽菜はもう、能見を止めなかった。遠ざかっていく背中を、目で追うだけだ。


 彼の決意を、覚悟を受け止めた今、それを阻むことはできなかった。


「……能見くん!」


 けれど、もう一度だけ呼び止めずにはいられなかった。驚いたように振り向いた彼へ、儚げに笑って伝える。


「絶対に、勝ってね。生きて帰ってきてね」


「任せろ」


 ややあって、能見も微笑んだ。軽く手を振り、歩き出す。


「俺は絶対に負けられない。陽菜さんのためにも、皆のためにもな」


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