003 与えられた力
やがて首を振り、能見は言う。
「いや、やめておこう。君とは戦いたくない」
再び段ボールを漁り始めた彼を見て、女の子はほっとしたようだった。
「……そ、そうですよね! 良かったあ」
「喜んでばかりもいられないぞ」
衣類が入った箱の底から、能見は金属製のケースを取り出した。蓋を開けると、そこには拳銃が二丁、ナイフが二本入っている。
「今確かめたが、銃には実弾が込められている。連中は、俺たちを本気で殺し合わせるつもりみたいだ」
「ええっ」
驚いたように後ずさる彼女は、この非日常の中で日常を失っていないようだった。何となく微笑ましい。
「私、これって何かの番組の企画だと思ってました。ほら、視聴者参加型、みたいな……。やっぱり違うんでしょうか」
「違うに決まってるだろ。どんだけポジティブなんだよ、あんた」
能見は呆れかえっていたが、正直、彼女の気持ちも分かる。自分たちは、あまりにも突然にデスゲームへの参加を強制された。現実を受け入れたくないのは、能見も同じだ。
何はともあれ、この悪夢を終わらせなければ。そのためにはまず、目の前の女の子と力を合わせることが必要不可欠になるだろう。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は能見俊哉。都内の大学に通っている一年生だ。君は?」
問うと、彼女は姿勢を正し、ぺこりと腰を折った。
「私は花木陽菜です。……あ、えっと、同じく都内住みの大学一年生です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
幼い印象が強かっただけに、同年代であることに驚く。あるいは、精神年齢は能見の方が上かもしれない。
まあ、この際それはどうでもいい。能見は、戦力として使える者は全て使うつもりだった。
「早速だけど、力を貸してくれないか。この馬鹿げたゲームを止めるために」
「えっ?」
顔を上げるやいなや、目をぱちぱちと瞬かせ、陽菜は聞き返した。ゆえに能見は、分かりやすく説明せねばならなかった。
「千人で殺し合って、残った百人しか脱出できないなんて絶対におかしい。九百人もの犠牲を容認することは、俺には無理だ。だから、このゲームそのものをぶっ壊す」
「……な、なるほど。でも、どうやって?」
「簡単なことさ。皆が戦うのをやめれば、街の管理者の計画を台無しにできるはずだ。一致団結して、食料も均等に分け合って、持久戦でいく」
そう言って、能見はさっさと玄関ドアに向かって歩き出した。彼の背中を、陽菜が慌てて追いかける。
「どこに行くんですか?」
「決まってるだろ。外に出て、他の被験者を止めに行く」
部屋の外から物音は聞こえない。今動いても、別段危険はないだろう。
「……待って!」
そのとき、ドアノブへと伸ばしかけた能見の手を、陽菜はぎゅっと掴んだ。
ただならぬ様子に、能見は思わず動きを止めていた。
「おい、どうしたんだよ」
「外を見て下さい」
真剣な表情で、陽菜はドアの覗き穴を指差した。
「外の音は聞こえなかったし、大丈夫だと思うけどな」
ぼやきつつも、能見は穴に目を近づけた。そして、驚きのあまり跳び退いた。
ドアの向こうでは、二人の男が激しい乱闘を繰り広げていた。どちらもナイフを構えており、複数箇所から出血している。
危なかった。もし能見が不用意に外へ出ていれば、彼らの争いに巻き込まれ、命はなかっただろう。
今まで気づかなかったが、この部屋は防音性がかなり高いようだ。したがって外界の音はほとんど聞こえず、能見も陽菜も、男たちが争っていることを認知できなかった。
いや、違う。彼女は知っていたのだ。陽菜へ振り向き、能見は尋ねた。
「助かったよ。でも、どうして分かったんだ?」
「あれ? 何でだろう」
とぼけているのではなさそうだ。演技ではなく、陽菜は途方に暮れていた。さっきのは、直感的に行動しただけだったのかもしれない。
「……あっ、分かりました」
不意に、彼女がぽんと手を叩く。その目はきらきらと輝いていた。
「多分ですけど、これが私に与えられた力ってことじゃないですか? つまりその、予知能力、みたいな」




