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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
11.「英雄・トリプルシックス」編
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137 ヒーローの意地

「――よせ!」


 ガガッ、と二発の銃弾が風を切る。それはスチュアートの腕に命中し、能力発動を阻害した。


「何っ?」


 反射的に手を引っ込め、怪人は素早く辺りを見回した。予期せぬ攻撃に、彼は蜃気楼を使うことを忘れていた。


 しかし、発砲した人物が誰であるかを知ると、緊張を解いた。にやりと笑い、襲撃者を見やる。


「何だ、君か。驚かさないでくれないか」



 いつまでたっても、炎や熱は襲ってこない。


 誰が助けてくれたんだろう。純粋にそう疑問に感じ、陽菜は恐る恐る顔を上げた。


 銃声は、いくらか離れた位置から聞こえた。和子か唯が、とっさに撃ったわけではなさそうだ。


 次の瞬間、陽菜の目は大きく見開かれた。


「……何、で」



「面白い。死ぬ順番を早めたいというわけだね」


 彼と対峙し、スチュアートが唇を曲げる。


 怪人はどこか、楽しんでいる風でもあった。待ちわびていた相手とようやく戦える、そんな趣があった。


「あくまで私の邪魔をするというのなら、望みを叶えてあげよう」


「――いいぜ。やってやる」


 援護に徹しろと命じられていたが、ここまで仲間を痛めつけられては黙っていられなかった。命令に背いてでも、守りたいものがあった。


 銃口から僅かに煙を立ち昇らせ、能見俊哉は立っていた。憎むべき敵、最後の一人の管理者を睨みつけ、彼は吠えた。


「陽菜さんたちには手出しさせない。俺が相手だ、スチュアート!」



 能見の指が、銃のトリガーを引く。


 放たれた弾丸は、やはり空を切った。蜃気楼を巧みに使い、スチュアートはまた姿を消したのだ。


「だったら、これでどうだ!」


 拳銃だけでスチュアートとやり合うのは無理だ。そう判断し、能見は覚悟を決めた。拳を天へ突きあげ、禁じられた力を解放する。


 空が鮮やかな紫色に輝いたかと思うと、雲の切れ間から次々と紫電が降り注いだ。辺り一帯へ稲妻が落ち、大地を焼き尽くさんとする。


「……なるほど。蜃気楼で姿を隠していても、広範囲を撃てば攻撃を通せるかもしれない、と考えたわけか。けど、惜しかったね」


 幻影を解いたスチュアートは、能見から十メートルほど離れて立っていた。背後にそびえるアパートを避雷針として使いつつ、防ぎ切れなかった稲妻へ手を伸ばす。


「君の雷では、私に傷一つつけられない!」


 紫の光に交じって、金色のスパークが天から降りてきた。スチュアートの得た能力の一つ、落雷の操作である。


 その威力は、能見が操る紫電とほぼ互角。金と紫、二色の閃光が空中で激しくぶつかり合い、互いを相殺した。



(どうすればいい。考えろ。どうすれば、あいつに一撃を喰らわせられる?)


 渾身の攻撃をガードされ、能見の背筋を冷や汗が流れた。


 スチュアートの力は、自分たちの想像をはるかに超えていた。蜃気楼でありとあらゆる攻撃を避け、津波や竜巻、自然発火に落雷と、圧倒的な破壊力で襲いかかってくる。


 以前アイザックを破ったとき、能見は無意識のうちに、新たな力に目覚めていた。


 本来、彼の能力は管理者の下位互換にすぎないはずだった。稲妻を操れても、アイザックの放つ赤い雷よりは威力が劣るはずだった。だが実際のところ、能見はアイザックを圧倒した。


 アイザックを上回るほどの火力をぶつけても、スチュアートには通用しなかった。それはすなわち、能見でも彼には勝てない、ということだった。



(くそっ。そんなこと、認めてたまるか)


 奥歯を噛みしめ、能見はさらに力を振り絞った。両腕にプラズマを纏わせ、スチュアートの懐へ飛び込もうとする。


(今の様子を見る限り、あいつは空から雷を落とすことはできても、俺のように体から電気を放つことはできないのかもしれない。なら、勝機はきっとそこにある。無理やりにでも接近戦に持ち込んで、ぶん殴れば――)


 けれども、走り出した足は言うことを聞かなくなった。


 突如として全身を襲った熱が、能見の動作を阻んだ。



「がはっ」


 呻き、倒れ伏す能見。彼の体を包んでいるのは、今までに体験したことがないほどの高熱だった。


 スチュアートが自然発火を使ったわけではない。ましてや、能見が炎に包まれているわけでもない。熱の発生源は他でもない、能見自身だった。


「……ああ、そういうことか」


 無様に倒れた彼を見下ろし、スチュアートがぽんと手を叩く。彼の中では、何が起こったのかすぐに説明がついたらしい。


「とうとう限界がきたんだね。せっかく戦う意志を見せたところだというのに、運命の女神は皮肉なことをするものだ」



 深緑の怪人が何を言っているのか、能見には痛いほど分かった。


 これがあの痛みだ。これがあの熱だ。板倉が、愛海が、今も病床に伏している咲希が感じていた、耐えがたい苦しみなのだ。


 能見の肉体は限界を迎えていた。不完全な薬剤耐性を持つ彼は、力を使うたびに怪人化のリスクを冒していた。そして今、ついに最後のリミッターが解除されようとしている。


『それとも、またトリプルシックスの力に頼るつもりなのかしら? ……言っておくけれど、アイザックを倒したときのようにはいかないわよ。彼の体はもう限界に近い。あと一度でも力を使えば、今度こそ人の姿をなくしてしまうわ』


 ケリーの警告を無視した代償は、あまりにも大きい。熱を帯びた能見の体は、着実に怪人化へ向かっていた。



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