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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
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136 彼女の心が折れるとき

 竜巻自体は、いわば突風の集合体にすぎない。いかに風速や風圧が強く、トリプルゼロ以上の威力であろうとも、荒谷へ直接的にダメージを与えたわけではなかった。


 だが、敵を墜落させ、落下の衝撃をぶつけることはできる。数十メートルの高さから地面へ叩きつけられ、荒谷は意識が朦朧としていた。幸いにも出血はさほどではないが、骨が折れているらしい。立ち上がることすらできず、ぐったりしている。


「次は君たちの番だ」


 トリプルスリーを沈黙させたのを確認し、スチュアートが芳賀たちへ向き直る。



 菅井と武智の命を救うため、和子と唯は治療に専念している。陽菜と芳賀はほぼ無傷だが、この二人には直接的な戦闘能力がない。つまり、回避や予知はできても、相手に決定打を与えるような攻撃ができない。管理者に支給された武器である、拳銃とナイフで戦うしかないのだ。


 九人のナンバーズのうち、能見と咲希は力を使えない。菅井、武智、荒谷の三名は重傷を負っている。残る四人だけでスチュアートへ対抗するのは、ほとんど不可能だった。


「……僕が時間を稼ぐ。その間に、君たちだけでも逃げるんだ」


 劣勢を意識したのだろう。いつになく低い声のトーンで、芳賀が仲間たちに囁いた。


 彼が囮になるつもりなのは明らかだった。自己犠牲すらいとわない姿勢はある意味立派だが、決して手放しで褒められることではない。


「そんなのダメだよ。皆で逃げよう」


 シャツの袖を掴み、陽菜は必死に引き止めようとした。


「お願いだから、もっと自分を大事にして!」



 もう限界だった。これ以上、自分の目の前で仲間が倒れていくのを見るのは嫌だった。


 街に来た当初こそ対立していたものの、芳賀とは長い付き合いになる。板倉が怪人化したことで管理者に疑念を抱き、彼は能見と陽菜とともに戦うことを決めた。


 一度味方に引き入れてからは、芳賀は非常に頼りになる存在だった。いつも皆をまとめ、作戦を立て、グループのリーダーとしてふさわしく振る舞っていた。


 彼までいなくなってしまったら、自分の中の何かが壊れてしまいそうだった。


「ごめんね、陽菜さん」


 陽菜の手を振りほどき、芳賀は疾駆した。白刃を閃かせ、一直線にスチュアートの元へ突っ込む。


 細められた目には、刺し違えてでも食い止める覚悟があった。


「これが、僕にできる最後のことなんだ。リーダーとしての務めを、全うさせてほしい」



「情にほだされたか、トリプルセブン」


 ナイフを構えて突進する芳賀を前に、スチュアートは鼻を鳴らした。


「くだらないな。君ごときでは、時間稼ぎにすらならないよ」


 突き出した手のひらが、赤く光ったような気がした。刹那、芳賀の全身が炎に包まれる。歩みを止め、苦しげに身をよじるが、火の勢いはますます激しくなるばかりである。


 スチュアートの獲得していたさらなる力、自然発火能力。対象の体を業火で焼き焦がし、一撃で戦闘不能へ追い込むというものだ。


 対して、芳賀の回避能力は「目で捉え、『攻撃』だと認識したものをかわす」というもの。けれども、認識する前に皮膚を焼かれてしまっては意味がない。また、攻撃が当たってからそれをかわすことができない以上、炎から逃れることもできない。



「……ぐああっ」


 苦痛に悶え、火に包まれたまま、よろよろと後ずさる芳賀。彼に近づき、スチュアートは片足を蹴り上げた。


「芳賀くん!」


 いてもたってもいられず、陽菜が悲鳴を上げた。


 言うまでもなく、芳賀の命令通りに逃げるなんてことはしなかった。菅井たちの治療がまだ済んでいなかったし、何より芳賀を見捨てられなかったからだ。


「君にも幸せな旅をさせてあげよう。ありがたく思うといい」


 スチュアートの回し蹴りが、芳賀の腹部へクリーンヒットする。数メートルも飛ばされたのち、彼は膝から崩れ落ちた。


 波に濡れ、土が湿っていた場所に倒れたのが不幸中の幸いだった。体を燃やしていた炎が徐々に消えていく。皮膚が黒く焼け焦げているが、焼死に至るほどではなかったようだ。


 しかし、もう彼は戦える体ではない。力尽きた芳賀には、身を起こすことも叶わなかった。



「あとは、君たち三人だけだね」


 一歩、また一歩と、スチュアートは近づいてくる。


「来ないで下さいっ」


 陽菜は拳銃を構え、彼を迎え撃とうとした。が、その手は震えている。目は涙で潤んでいる。


「それ以上近づいたら、撃ちます」


「わ、私も撃ちます!」


「……和子、もう少し迫力のある台詞を言えないわけ?」


 何とか菅井たちの止血を終え、和子と唯も身構えていた。


 津波を受けたときに、鉄パイプから生成した機関銃は手元を離れてしまった。ゆえに、今の彼女らは基本装備のみで戦うしかなく、戦力的に心もとない。



 三つの銃口を向けられても、スチュアートは動じなかった。それどころか、歩調を速めてくる。


「撃てるものなら撃ってみるがいいさ。もっとも、私に弾丸を当てるのは無理だろうけどね」


 蜃気楼を操れる彼は、位置情報をいとも簡単に誤魔化せる。当たらないと分かっているからこそ、彼は余裕を崩さなかった。


「トリプルワン。君がどれほど先の未来を読もうとも、私を倒すことはできない。なぜだか分かるかい? 私が使う攻撃の種類が分かったところで、対処のしようがないからさ」


 スチュアートの台詞を裏付けていたのは、先刻、彼が放った大津波だ。陽菜は津波が来ることを予測していたが、有効な防御方法を取れなかった。和子に頼んで作ってもらった土壁も、あっけなく崩された。


「そろそろ諦めて、大人しく首を差し出してはくれないかな。私としても、勝敗が明らかな戦いをするのは無駄としか思えなくてね」


 かぎ爪の先を三人へ向け、深緑の怪人は最後通牒を行った。


 彼我の距離は、五メートル前後にまで縮まっている。いや、もしかすると今見せられているのはスチュアートそっくりの蜃気楼で、本体は既に忍び寄っているのかもしれない。



「……うっ。ううっ」


 その一言で、陽菜はついに心が折れてしまった。へなへなと座り込み、拳銃を手から取り落とす。両目にいっぱいにたまった涙が、静かに零れた。


「陽菜ちゃん、大丈夫⁉」


「ちょっと、何諦めてるの。最後まで戦わなきゃ」


 励まそうとする和子。喝を入れようとする唯。双方へ首を振り、陽菜は泣きながら訴えた。


「……もう、無理だよ。私たちだけで、勝てる相手じゃない」


「そんなこと、やってみなくちゃ――」


 分からないでしょう、と唯は続けようとしたのだが、陽菜に遮られた。


「芳賀くんも荒谷くんも、皆やられたんだよ。私たち三人だけで、勝てるわけないよ」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔は、手で拭っても拭っても濡れたままだ。絶望に呑まれた彼女を責めることが、誰にできただろうか。



「その通りだ。所詮、君たちはただのモルモットにすぎない。実験動物の分際で私たちに刃向かったのが、そもそも間違いだったのさ」


 勝ち誇ったように、スチュアートが高笑いする。まずは戦意を失った陽菜から仕留めようと、右の手のひらを突き出した。芳賀を倒したときと同じ、自然発火能力を使うつもりである。


「さらばだ、トリプルワン。出来損ないのモルモットよ」


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