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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
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135 絶望と幸福のプレゼント

 目の前で起きていることが信じられず、体から力が抜けてしまったようだった。圧倒的なまでの無力感、絶望感が襲ってくる。


 クローン群を撃破し、ついさっきまでは勝利を確信していたというのに。強化体となったスチュアートの力は、すさまじかった。


(……何だよ。何が起こってるんだよ)


 能見は膝を突き、仲間たちとスチュアートの戦いの行方を呆然と眺めた。彼はスチュアートの包囲に加わっておらず、危ういところで津波を喰らわずに済んでいたのだ。



 あの津波を放っただけで、たった一撃で、深緑の怪人は七人のナンバーズを軽く吹き飛ばした。さらには、彼らが体勢を立て直す暇を与えず、蜃気楼を使った奇襲で菅井を倒している。


 蜃気楼とは、空気の密度の違いを利用し、物体が実際とは異なる位置にあるように見える現象だ。そして、空気は温度によってその密度を変える。大気中の熱を操作し、スチュアートは意のままに幻を見せることができるのだ。


 停止能力を使える菅井は、管理者にとって厄介きわまりない存在だったに違いない。おそらく、スチュアートは早い段階から彼へ接近していたのだろう。能力の照準を巧みに外させてから、悠々と刺突を放ったというわけだ。


「よくもリーダーを……」


 菅井が倒れ、仇討ちを挑んだのは武智だった。ナイフをめちゃくちゃに振り回し、猪突猛進にスチュアートへ向かっていく。


「お前だけは絶対に、俺が倒したるわい!」



 何の作戦もなしに、ただ怒りにまかせて突っ込んだだけでは勝てない。そんな単純な攻撃が通用するほど、スチュアートは甘い相手ではない。


(……やめろ、武智。無茶だ。やめてくれ)


 もしかすると、この状況は彼の想定通りなのではないか。


 津波で敵を押し流し、陣形を乱すことで連携を取りづらくさせる。さらにリーダー格である菅井を先に攻撃することで、他の者を怒り狂わせ、冷静な判断力を欠かせる。ぞっとするような想像が、能見の頭をよぎった。


「――愚かな」


 武智の振るった刃が、空を切る。またしても蜃気楼を使い、スチュアートは自身の位置を誤魔化していたのだ。


「君のような単細胞は、やはり早死にするということなのかな」


 ずぶり、と嫌な音がした。大量に吐血し、武智が目を剥く。



 背後に回り込んでいたスチュアート、その右手のかぎ爪が突き出され、彼の胸を深々と刺し貫いていたのだ。


「……がはっ」


 体を痙攣させ、どさりと崩れ落ちる武智。胸部から、辺りへ血だまりが広がる。彼の命の灯は、今にも消えんとしていた。


「武智!」


 喉の奥から絞り出すようにして、能見は悲痛な叫びを上げた。拳銃を握り締め、スチュアートへ向ける。


「よくも……よくも二人を!」


 けれども、放たれた弾丸は命中せず、虚しく空を切った。残像のようなものを突っ切っただけであった。


「トリプルシックス。君を殺すのは最後にとっておこう」


 どこからか声が響く。次の瞬間、スチュアートは再びアパートの屋上へ戻っていた。能見を一瞥し、残忍な笑みを浮かべる。


「能力を使えなくなった今の君など、私の敵ではない。そこで大人しく見ているがいいさ」



「単に『弱いから、相手にするまでもないから』殺さない、というだけではないよ。これまで、君には散々手こずらされてきたからね。お返しに、たっぷりと絶望させてから始末してあげよう」

 

 そう言って、スチュアートは片手を掲げた。能見ではなく、他の仲間たちへ向けてのものだった。


「――さあ、私に見せてくれ、トリプルシックス。ナンバーズの仲間を皆殺しにされ、生きる気力すらも失った、哀れな姿を!」



「ふ、二人とも、大丈夫ですか⁉」


 力なく倒れた菅井、武智の元へ、和子はあたふたと走り寄った。傷口に手を触れて、目を閉じ、祈るように呟く。


「……ちょっとだけ、待っていて下さい。すぐに応急処置をしますから!」


 彼女の指先から、淡い光が放たれた。体細胞を瞬時に分解・再構築することで、傷を塞いでいく。


 和子には、愛海のように豊富な医療知識はない。よって完璧に怪我を直すことはできないが、止血してダメージを最小限にするくらいは可能だ。


「和子、私にも手伝わせて」


 彼女の背中に両手を添えて、唯もサポートに回った。ありったけの力を和子へ注いでブーストをかけ、治療スピードをぐっと引き上げる。



「そうはさせないよ」


 だが、敵もさるもの。和子と唯が負傷者の手当てをするのを、スチュアートが見過ごすはずもなかった。


「その二人は今、トリプルゼロと同じところへ向かおうとしているんだ。彼らの幸せな旅を、邪魔しないでもらおうか」


 手を振り上げ、再び津波を繰り出そうとしたスチュアート。彼を阻むべく、戦士たちは立ち上がった。


 回避能力を使える芳賀が、二人を守るように前へ出る。その一方、荒谷は高く上昇し、空から怪人へと迫った。


「何が幸せな旅だ。俺たちの命を弄んできたお前が、人の幸せを語るな!」


 両腕を振るい、真紅の破壊光弾を連発する。数十発はあろうかと思われる光弾が、バラバラな軌道からやがて一点へと収束し、深緑の怪人を狙い撃たんとする。



 しかし、またもやスチュアートの姿はかき消えた。さっきまで立っていたはずのアパートの屋上には、誰もいない。


「……では聞くが、幸せとは何だ? 痛みや苦しみがなく、すべてが満たされている状態を指すのではないのか?」


 地上に現れたスチュアートは、荒谷へ律義に返すほどの余裕をもっていた。光弾はすべて外れ、彼は傷一つ負っていない。


「君たちがたどる運命はたった一つ、死のみだ。あらゆる現世のしがらみから解放された状態――それこそが、私が君たちに与えうる最上の幸福なのだよ!」


 指揮棒を振るように、軽く左手を薙ぐ。それだけで決着はついた。


 スチュアートが生み出した竜巻が、荒谷をその中へ捕らえる。吹き荒れる暴風が彼を吹き飛ばし、大地へと叩き落とした。



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