134 トリプルゼロの力
(何だ? 何をするつもりだ?)
以前のスチュアートは、そのような予備動作を必要とする攻撃をしてこなかった。敵の意図が読めず、芳賀は少々戸惑っていた。
が、あることを思い出して硬直した。
『美音さんは、俺らとは比較にならんくらい強かった。暴風や落雷、自然発火……とにかく、ありとあらゆる自然現象を自在に起こすことができた』
だいぶ前のことである。菅井と武智が自分たちを訪ねてきて、「手を組みたい」と申し出てきた。今は亡きリーダー、小笠原美音について彼らは語った。
スチュアートが追加投与したのは美音と同じ、「0」番の薬剤だ。ならば、美音のように自然現象を操れても決して不自然ではない。
ナンバーズの中でも最強だったと目される、小笠原美音。彼女と同種の力を手にしたとき、スチュアートはこれまで以上の脅威になり得る。
「和子ちゃん、壁を作って!」
敵の動きを予見したのだろう。芳賀が指示を出すよりも先に、陽菜が率先して動いた。
「わ、分かりました。……ええと、これくらいでしょうか?」
和子が地面に手を突き、急いで防御用の壁を築こうとする。
たちまち、高さ五メートルほどの障壁が大地から生まれ、八人とスチュアートの間にそびえた。土が原料であるためさほど固くはないが、一時しのぎくらいにはなりそうだった。
「ダメだよ。もっと高くして!」
陽菜にしては珍しく、厳しめに意見する。想定される被害を抑えようと、彼女は必死になっていた。
それも当然である。なぜなら、その程度ではスチュアートの攻撃を防げないと分かっていたからだ。
「――無駄な足掻きはよしたらどうだい?」
怪人の手の動きに応じて、海が躍動する。大きく盛り上がった海面が、うねりを伴って海上都市へ向かってくる。
「どうせ、防御なんかできっこないんだからさ」
北側の防波壁が下がった今、押し寄せる波を阻むものは何もない。
高さ十メートルはあろうかという津波。巨大な水のカーテンが、暴力的なまでの勢いで戦士たちへと迫った。
和子が作った土壁など、ほとんど無意味だった。一秒ももたずに崩壊し、盾を失ったナンバーズらを波が押し流す。
並び立っていたアパートの外壁へ、七人は叩きつけられた。衝撃で肺から空気が押し出され、喘ぐようにして倒れる。海水を浴びたせいで、衣服が濡れて重たく感じた。
「……何て強さだ」
口の中に入った泥を吐き出しながら、芳賀は呻いた。
津波という自然災害まで意のままにコントロールできるとは、いくら何でも規格外すぎる。攻撃範囲が広すぎて、芳賀の回避能力をもってしてもかわせなかった。
「どうした。もう終わりかな?」
彼らを嘲笑うように、スチュアートが屋上から飛び降りる。七人へゆっくりと歩み寄り、彼は両手を広げた。
「今のは、ほんの挨拶代わりだったんだがね」
「冗談はよせ。こんなところで倒れてたまるか」
歯を食いしばり、菅井はよろよろと立ち上がった。右手の親指と中指をこすり合わせ、停止能力を発動する。
彼の瞳には、怒りの炎が宿っていた。
「美音さんと似たような力を使うとは、俺たちへの挑発のつもりか? ……お前が彼女を愚弄する限り、俺は何度でも立ち上がってやる!」
パチン、と指が鳴らされる。
能力を使う直前、菅井はスチュアートが装着しているガジェットを盗み見ていた。
今までこの深緑の怪人はアビリティーを使うとき、武装ガジェットのランプを点滅させていた。しかし今回、赤いランプは光らなかった。すなわち、スチュアートは立体映像も光学迷彩も使っていないということである。
完全に動きを止められたはずだ。
(油断したな、スチュアート)
終わるのはお前の方だ、と叫び、菅井は怪人へ拳銃を向けた。停止能力の持続時間は五秒しかない。この隙を逃さず、眉間を撃ち抜いてやろうとした。
しかし、弾丸はスチュアートの体を通過し、明後日の方向へ飛んで行った。光学迷彩を使っていないのにもかかわらず、である。
直後、スチュアートそっくりの幻影は消えた。風に吹き飛ばされるようにして、跡形もなく消滅した。
「馬鹿な。どうして」
動揺したのも束の間だった。腹部に鈍い痛みが走り、菅井の顔から血の気がなくなった。
「……リーダー⁉」
武智が、唯が、和子が、自分を見て悲鳴を上げる。間もなく、菅井の意識は薄れた。
忍び寄っていたスチュアートが、ついに姿を現した。菅井の腹からかぎ爪を引き抜き、滴り落ちた血を眺めて満足げに笑う。
「さて、まずは一人」
姿を消したのち、爪で相手を刺し貫く。美音のときと似た奇襲方法だ。ただ一つだけ違うのは、スチュアートは今回、真正面から菅井へ迫ったということである。
「今の私は、蜃気楼を自在に作り出せる。もはや光学迷彩も、立体映像も必要ないというわけだね」
崩れ落ちた菅井に意識がないことを確認し、スチュアートは戦士たちを見回した。その冷徹な目で睨まれると、魂が凍りつくような心地がした。
「せめて、逝く順番くらいは選ばせてあげよう。次に死にたいのは誰だい?」




