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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
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133 超強化!スチュアート

 ナンバーズたち八人の奮闘によって、総勢八十体いたはずのクローンは全滅まで追い込まれていた。


 能見を除く七名の戦士が素早く散らばり、深緑の怪人を包囲する。


「残るは君だけだ。観念しろ、スチュアート」


 ナイフの切っ先を突きつけ、芳賀は険しい表情で告げた。


「先に言っておくけど、目くらましは通用しないよ。僕たちに四方を囲まれているこの状況では、姿を消すことはできても、包囲から逃れるのは不可能だ。そして大体の居場所さえ分かっていれば、君を倒すのは不可能じゃない」


「……つまり、今なら私を倒せると?」


 スチュアートはクックッと笑い声を漏らした。ナンバーズほぼ全員に囲まれ、絶体絶命と言ってよい状況であるにもかかわらず、彼はなぜか余裕を失っていなかった。



「なるほど、君たちの実力は相当なものだ。日米両国の軍事力をもってしても容易には倒せなかったクローン群を、君たちはものの数分で撃破してしまった。だが、管理者の中でも最強たるこの私に勝てるなど、思い上がりもはなはだしい」


 いつの間にか、怪人の右手には注射器が収まっていた。その中には、無色透明の液体がいっぱいに入っている。


「オーガスト、アイザック、ケリー――私が彼らを統率できた理由を教えてあげよう。それは私が、誰よりも優れた頭脳を有していたからだ。知恵ある者はあらゆる可能性を想定し、常にメインプランとサブプランを用意する。私が自分の身体能力を過信せず、武装ガジェットを作り上げたようにね」


「……いい加減、回りくどい話するのやめろや。聞いとるだけでイライラしてくるわい」


 苛立ちを隠さず、武智が首を振った。


「で、その注射器は何なんや。そんなしょぼそうな武器で、形勢をひっくり返そうとでも思っとるんか?」


「ただの注射器ではないよ。この中には、『0』番の薬剤が入っている。私が予備としてストックしておいたものだ」


 目の前で注射器をゆらゆら揺らしてみせ、スチュアートは挑発するように言った。


「これを追加投与することで、私はさらなる力を得る。君たちが慕っていたトリプルゼロと同じ、いや、それ以上の力をね」



「薬剤を過剰に投与すればどうなるのかは、この私にさえも未解明だ。被験者がサンプルに覚醒したときのように、私の自我は失われるのかもしれない。あるいは私は、私自身を造った科学者さえ想定していなかった、人知を超えた究極の存在へ至るのかもしれない。リスクが大きすぎるから、できればこういう手段は取りたくなかったのだがね」


 恍惚とした表情で、スチュアートはにやりと笑った。


「しかし、使える手駒がなくなったのなら仕方がない。――この身を賭けてでも、私は強さを手に入れる。種族繁栄のため、君たちを排除する!」


 そして注射器を持ち、自身の腕へ針を突き刺そうとする。


「……そうはさせへんで!」


 武智がナイフを振るい、かまいたちを放つ。


「ご丁寧に種明かしまでしておいて、まさか妨害されないとでも思ってないやろうな?」



 彼に続き、荒谷は光弾で、和子と唯も銃撃でスチュアートを狙った。


 この距離ならば、もはや回避は不可能。注射器を粉々に砕いてスチュアートの計画を潰し、一気にとどめをさせてもおかしくはなかった。


 ただ、芳賀は状況に違和感を覚えていた。自分たちに手の内を明かしておいて自滅するなど、スチュアートらしからぬ行動だと思ったからである。彼にしては、あまりにも間抜けすぎないだろうか。


「……違う。本体はそっちじゃないよ!」


 少し先の未来を読んだのだろう。はっと目を見開き、陽菜が慌てて言った。けれども、遅かった。


 皆が放った連携攻撃は、手応えのない影をすり抜けただけであった。


 スチュアートは、戦士たちに包囲されるのに甘んじたわけではなかった。彼らに気取られないように立体映像を投影して動かし、本物は別の場所に潜んでいたのだ。


 道理で、惜しげもなく手の内をさらけ出せたわけである。彼の作戦が分かったところで、芳賀たちには妨害しようがないのだから。



「気づくのが遅かったね」


 立体映像が消え、怪人の声はどこか高いところから降ってきた。


 スチュアートは、近くのアパートの屋上に佇んでいた。攻撃が外れ、武智たちが混乱している様を、彼は愉快そうに眺めていた。


 芳賀らが振り向き、薬剤を注射するのを止めようとする。しかし、間に合わない。


「所詮、君たちでは私の予測を上回れない、ということさ」


 独り言ちたかと思うと、深緑の怪人は何かを掴み、芳賀たちの方へいきなり放り投げた。足元へぽとりと落ち、しばらく転がって止まる。


 それは、中身が空になった注射器だった。


「――さあ、始めようじゃないか。ここから華麗な大逆転といこう」


 スチュアートが自信たっぷりに言い放つ。


 彼は既に、薬剤を自身へ投与し終えていた。



「うっ」


 深緑の怪人が、急に苦しみ始める。喉元を押さえ、かきむしるように手で触る。


 全身の皮膚から、血管が浮き上がる。血管はエメラルドの輝きを放ち、ジグザグに亀裂を入れるようにして紋様を刻んだ。眩しい光の線が体を包み、怪人はより一層禍々しい姿を手に入れる。


 頭部から二本の角が伸びる。ヤギのように湾曲したそれは、悪魔を思わせた。



「……何だ、これは。すさまじい力が溢れてくるのを感じる」


 痛みは一瞬で収まっていた。


 変身を遂げ、スチュアートは恐る恐る自身の体を見下ろした。最初は震えていた手が、すぐに固く握り締められる。


「自我も失っていない。どうやら私は、賭けに勝ったらしいな」


 歓喜に打ち震え、スチュアートが屋上から戦士を見下ろす。


「では滅びろ。ナンバーズ諸君」


 強化体となった彼に、もはや敵はなかった。満を持して反撃を開始すべく、怪人はまず、右手を振り上げた。



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