131 ベストパートナーと挑め
他の面々も、迅速に動いた。
「……あー、あかんわ。お前らを見とると、同じ顔をした奴にぶん殴られたときのことを思い出してしまう」
右手で握ったナイフに疾風を纏わせ、武智が忌々しげにこぼす。彼が対峙しているのは深漆黒の皮膚を持った怪人群――オーガストから生まれたクローンたちだった。
美音を目の前で殺されたとき、武智は怒り狂ってスチュアートに挑んだ。彼を阻み、圧倒的な防御力でねじ伏せたのがオーガストであった。
「せやけど、あのときのようには倒れへんで。覚悟しときや、お前ら!」
刃に、拳に、足先に、全身にかまいたちを帯びさせる。クローンの群れの中へ飛び込んだ武智は、ナイフを振るい、続けざまに殴打や蹴りをも見舞った。次々とターゲットを変えつつ、流れるような連続攻撃を繰り出していく。
限界近くまで能力を発揮し、体を真空の刃で包んだ武智は、彼自身が一本の剣であるかのようだった。触れる者を容赦なく切り裂く、無双たる戦士である。
クローンの皮膚は、オリジナルであるオーガストほどには硬くなかったようだ。たとえ一度目の斬撃を耐えきっても、二度斬られると出血し、体勢を崩している。たちまち四、五体が倒れ、戦闘不能となった。
どうにかして、武智が纏っているかまいたちを突破したい――オリジナルほどの知能を持たないクローンにも、それくらいは思いついた。最初はバラバラに戦っていた彼らが、次第に連携を見せ始める。四方八方から武智を取り囲み、防御の弱い箇所を見つけようと飛びかかる。
「……ちっ」
ガードを優先し、三六〇度に真空の刃を張り巡らせるとなると、攻撃に割く余力がなくなってしまう。クローン体に囲まれ、武智は舌打ちした。
「――手を貸すぞ、武智!」
パチン、と指を鳴らす音が聞こえた。刹那、武智の死角から迫っていたクローンの動きがぴたりと止まる。
その眉間を銃弾が撃ち抜き、致命傷を与えた。
「一人で突っ走るな。俺たちは同じチームだろう」
拳銃で敵を牽制しながら、菅井は武智の元へ駆け寄った。さらに指を鳴らし、敵数体の身動きを封じる。
「俺は美音さんから、チームの未来を託された。誰一人欠けることなく、皆が笑い合える未来をな」
「リーダー……」
クローン一体を切り伏せ、武智が顔だけを菅井へ向けた。粗野な言動が目立つ彼だが、このときばかりは柄にもなく目を潤ませている。共に戦ってきた仲間の言葉には、感極まるものがあったのだろう。
「今こそ、その未来を叶えるときだ。絶対に死ぬなよ、武智」
「分かっとるわい。リーダーこそ、俺の強さに置いてけぼりを食らわんようにな!」
軽口を叩き合い、二人はにっと笑った。それから、再び戦闘へ突入した。
停止能力を駆使し、菅井が敵を食い止める。隙が生じたところに武智が躍りかかり、風の刃で切り裂く。見事なコンビネーションで、彼らはオーガストのクローン群を殲滅した。
いくつもの手のひらが突き出され、そこから真紅の稲妻が一斉に撃ち出される。
「――君たちのオリジナルにも、同じようなことを言った記憶があるけど」
雷鳴が響き、スパークが激しく飛び散る大地を、芳賀は全速力で駆けた。ひらり、ひらりと華麗に身を捻り、紙一重のところで稲妻をかわしていく。
「姿を消せる相手ならともかく、君たちの攻撃なら回避するのは容易い!」
アイザックのクローン群は、なおも雷を放っている。しかし、芳賀には一発も当たらない。僅かでも目で捉えることができ、「攻撃」だと認識できる限り、いかなる攻撃も彼を傷つけることはできないのだ。
ラッキーセブンが三桁揃ったのが「777」、トリプルセブン。能見の「666」とは反対に幸運の象徴であるそれは、戦士に神の加護をもたらすかのようだった。
稲妻の嵐をくぐり抜け、芳賀が敵の懐へ潜り込む。すれちがいざまに短刀を振るい、クローンたちを斬り捨てていく。
「残念だったね。君たちと僕では、能力の相性が悪すぎる」
ナイフを鞘に収めると、芳賀は束の間目を閉じ、息を吐き出した。彼は既にこの一戦を終えていた。
「……不幸な事故、だとでも思っておいてくれ」
数秒後、クローンの体が崩れ落ちる。ある者は胸部を深くえぐられ、またある者は腹部を貫かれ、再起不能なほどのダメージを負っていた。
何事もなかったかのように、芳賀が屍たちから離れ、歩き去る。そして、「決まった」と言わんばかりに得意げな笑みを浮かべた。芳賀は自信家でナルシスト気質なのが玉に瑕だが、気取った仕草が絵になるのだから不思議である。
ごく短い間に、アイザックが生んだクローン群は全滅していた。鮮やかでかつ無駄がなく、非常にスマートな戦いぶりといえるだろう。
「和子、機関銃をお願い!」
「うん! ……って、今日は二本なの?」
唯から鉄パイプを受け取って、和子は首を傾げた。いつもは一本だけ渡されるパイプが、今回は二本分用意されていたからだ。
「敵の数が多いからね。こんなこともあろうかと、多めに持って来といたの」
悪戯っぽく微笑み、唯は明かした。
「それに、和子だけに戦わせたくなかったし」
「なるほど~。さすがは唯ちゃんだね」
和子がにっこり笑い、鉄パイプに手を触れる。ぐにゃりと曲がった金属が、瞬時に機関銃へと変形する。生成された二丁の銃のうち、一つを唯へと渡す。
彼方からは、ケリーの似姿を持つ、紺色の怪人の群れが押し寄せてきている。クローンたちは二人を取り囲み、鋭い爪で襲いかかろうとしていた。
「――行くよ、唯ちゃん!」
「足手まといにならないでよ、和子!」
唯が和子の背にそっと触れ、能力を最大限にブーストする。全ての下準備を終え、彼女は相棒の後ろに立った。
この海上都市に閉じ込められ、血塗られた戦いに身を投じてから一か月半。短いようで長い時間を、彼女たちは互いに力を合わせ、懸命に生き抜いてきた。楽しいことも、悲しいことも、一緒に乗り越えてきた。
ベストパートナーとのタッグは、絆や友情を知らないクローン怪人に打ち破れるものではない。
「さっさと終わらせて、取り戻してやろうじゃない。――管理者が私たちから奪った、平和な世界を!」
「美音さんだけじゃなく、他の大勢の人たちを巻き込んだ管理者。……私は絶対に、あなたたちがしたことを許しません!」
凛とした声で、二人の戦士が啖呵を切る。
唯と和子は背中合わせに立ち、相方の死角をカバーし合った。そして機関銃を構え、力の限り撃ち続けた。
やはり、所詮はクローン。ケリーに匹敵するほどの素早さで動ける個体はおらず、弾丸の軌道を見切れる者もいなかった。
二人の銃撃の前に、次々と怪人が倒れていく。
美音を殺されたとき、唯と和子を圧倒してみせたケリー。彼女から生まれた敵を屠ったことで、二人はある意味、リベンジを果たしたのかもしれない。




