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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
141/216

129 タイムリミットの意味

「さしあたって、一つだけ問題があった。人類が数十億人いるのに対して、私たちはたったの四体しかいないということだ」


 深緑の怪人が片手を挙げ、指を四本立ててみせる。


「したがって戦力増強は必須だったわけだが、プロトモデルとして造られた私たちには、生殖機能が与えられていない。交配によって子孫を残すことができない以上、別の方法で同胞を増やすしかなかったのさ」


「……その方法とやらが、クローンによる増殖というわけかい?」


 スチュアートの背後に控えている軍勢を見やり、芳賀は尋ねた。


「道理で、君たちとよく似ていると思ったよ」


「ご名答。ただ、クローンで同胞を増やすのにも少々問題があってね。こればかりに頼るわけにはいかず、時間稼ぎにしかならなかったんだ」


 残念ながら、とスチュアートが苦笑いする。



「彼らは所詮、私たちの下位互換でしかなかった。能力はオリジナルの半分程度だし、知能も低い。おまけに製造コストや手間もかさみ、研究所から持ち出した薬品や機器だけでは、量産するのにも限界があった。でも何より致命的だったのは、およそ三か月で寿命が尽きるということだね」


「三か月で……」


 何とはなしに復唱してから、能見は目を見開いた。動揺を隠せなかった。


 忘れるはずもない。この街に来た最初の日、スピーカーから流れ出た声。


「まさか、お前」


「おっと、気づいてしまったかな? 勘がいいね、トリプルシックス」


 口元から牙を覗かせ、スチュアートが楽しそうに語る。


「君の考えている通りだよ。このデスゲームの期限は、クローン体の寿命とほぼ同じになるように定められたのさ。――彼らが死滅する前に、人を私たちと同じ姿へと変える方法を確立する。それこそが、私たちの目的だったというわけだ」



「研究所を出てからというもの、私たちはまず、自らの肉体をさらに強化することにした。その上で、より強靭になった体細胞を採取し、クローン体を生み出した」


 オーガストは「4」番の薬剤を追加投与し、硬い皮膚と高い身体能力を得た。


 アイザックは能見と同じ「6」番を追加投与し、雷を操る力を我が物にした。


 ケリーは「3」番を追加投与し、俊敏性に優れた。


 そしてスチュアートは「0」から「9」、十種類の薬品を微量ずつ投与し、バランスの取れた戦闘能力を得たのだった。


 誕生した直後の管理者の姿は、今と同じではなかった。おそらくは、彼らの言う「サンプル」に近かったのではないか。そこに薬剤を追加投与することで、ぶよぶよとした皮膚を捨て、硬質な肉体を得たのだろう。


 板倉や愛海が変化した姿は、いわば強化体になる前段階だったのだ。


「クローンによる増殖計画が頓挫し、次に私が考案したのは、人間を私たちと同じ種族にしてしまうということだった。――元々私たちの肉体は、人の遺伝子をベースにして構成されている。私たちが投与されたのと同じ薬剤を人間にも投与すれば、酷似した変化が起きると期待できた」



 この辺りの説明は、オーガストから聞き出した話と多少被るところがあるだろう。


『人体を我らへ最も近づけるためには、貴様らに投与したのと同じ十種類の特殊な薬品を、適切な分量で用いなければならない。そこまでは分かっている。だが、肝心の投与パターンだけが不明だった。千通りの実験データを収集する必要があったのだ』


 壮大な実験を行い、同胞を増やすために、スチュアートは能見たちをこの街へ連れ去ったのである。


「そこで私が立てたのが、この『サウザンド・コロシアム』計画さ。……アメリカ西海岸の諸都市をクローン群に襲わせ、混乱に乗じて船を奪った。そして日本へ渡り、関東を中心とした広範囲を残りのクローンに攻撃させた。その最中に合計千人の被験者候補を捕らえ、薬で眠らせてここまで運んできた」


「少しだけ記憶を書き換えさせてもらったよ」と、深緑の怪人は思い出したように付け足した。おそらく、目覚めた被験者がパニックになり、デスゲームの進行を妨げるのを恐れたのだろう。


 かつて自らがモルモットとして扱われた屈辱を晴らすように、彼らは「管理者」と名乗り、能見たちに個体番号を割り振った。これもまた、彼らにとっての復讐だったに違いない。



(お前たちのせいで、どれだけ多くの命が失われたと思ってるんだ)


 彼の言ったことが本当なのだとしたら、今ごろ日本とアメリカは大混乱に陥っているはずだ。クローンに襲われ、死亡した者も少なくないだろう。大勢の人々を巻き込み、傷つけてきた管理者を、能見は心から憎んだ。


 自分たちへ救助の手が差し伸べられてこなかった理由も、ようやく明らかになった。関東全域を攻撃したクローン群への対処に追われ、政府は救助どころではないに違いない。あるいは、死者や行方不明者が相次ぐ中、能見たちがいなくなってもさほど不思議ではなかったのかもしれない。



 一方で、複雑な思いもあった。


 確かにスチュアートたちは、人類へ甚大な被害を与えつつある。「サウザンド・コロシアム」計画が成功した暁には、全世界の人間を同胞へ変えようとするかもしれない。しかし、彼らを生み出したのもまた人間なのだ。究極の生物を造り上げたい、あわよくば生物兵器として利用したいという邪悪な意志が、人ならざる怪物を世に解き放ってしまったのである。


 管理者の誕生から始まった一連の事件は、いわば人災だ。人の手で引き起こされた悲劇には、やはり人が決着をつけねばなるまい。



「……いや、ちょっと待て」


 そこで初めて、荒谷が口を挟んだ。空を飛ぶことができ、誰よりも早く街の構造に気づいていた彼は、今の話に違和感を覚えていたのだ。


「まさか、あんたらが一からこの街を造ったって言うんじゃないだろうな。海洋のど真ん中にこれだけの建造物を築くには、相当な時間がかかるはずだが」


「そんな非効率なことをするわけないだろう。私たちは元からあった物を利用しただけだ」


 小馬鹿にしたように、スチュアートが吐き捨てる。


「とある日本の民間企業が、海上都市計画を推進していてね。それを乗っ取り、閉鎖された実験場として使ったのさ」


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