002 ルール説明
『ここは私たちの管理下にある人工都市だ。諸君らにはとある施術を行い、特殊な力を与えてある。首のナンバーは、その個体識別番号だ』
「……首の、ナンバー?」
訝しげに能見は呟いた。出し抜けに立ち上がり、洗面所へ向かう。
この部屋は、ほぼワンルームに近い作りをしている。玄関から短い廊下が伸び、その左右にはユニットバスとミニキッチン、洗濯機が鎮座する。その先には七畳ほどの空間が広がる。能見と女の子が眠っていたのも、そのスペースだ。
ユニットバスに駆け込み、鏡を見る。鏡面には、愕然とした自分の顔が映し出されていた。
いつの間に刻印されたのだろう。能見の首筋には、「666」の三桁の数字が黒い文字で刻まれていた。水をかけ、洗い流そうとしてみても、数字は全くぼやけたり薄くなったりしない。
自分の身体にこれといった変化は感じないが、本当に何らかの力を埋め込まれたのだろうか。
「どうしたんですかー?」
まだ事態の深刻さが分かっていないらしい。女の子は能見の後を追い、ひょこっとユニットバスに入り込んだ。狭い空間で束の間体が触れあい、能見はどきりとした。
だが、さすがの彼女も、鏡を見たら言葉を失った。首筋の白い肌に刻印されていたのは、「111」の三桁の数字だった。
スピーカーから聞こえる声に、ふざけた調子はない。これは悪ふざけやドッキリではなく、自分たちは何か大きな陰謀に巻き込まれようとしているのだ。能見は嫌な予感がした。
そうしている間にも、声の主は淡々と話し続ける。
『0から9の十種類を使い、三桁の数字を作る。このようにして私たちは、諸君ら千人の被験者を番号により識別可能とした』
要するに、十の三乗で千通りというわけか。数学が不得手な能見でも、これくらいは理解できた。
男の言うことが本当だとしたら、疑問は尽きない。自分たちに与えられた力とは、一体何なのか。どうしてこんな大掛かりなことをしたのか。彼らの目的は何なのか。
『この街から出たければ、方法は一つだ。私たちの与えた力を用いて、他の被験者を倒せ』
ユニットバスから戻った二人を迎えたのは、スピーカーからの冷酷な命令だった。
『街の至る所に設置された監視カメラが、諸君らの戦いを克明に記録してくれている。三か月後、そのデータに基づいて戦績上位者百名を選出し、その者たちは街から出ることを許されるだろう。残った不良品は、全て処分されることとなる』
彼らは能見たちを実験動物同然に扱い、競い合わせようとしている。いや、殺し合わせようとしている、と言った方が的確かもしれない。
普通ならこの時点で警察へ連絡し、助けを求めるべきだろう。けれども、それは不可能だった。ここに連れてこられた時点で、能見は服以外の一切の所持品を剥奪されていた。財布も携帯電話も、何もかもない。
無論、部屋に固定電話があるはずもない。外部との連絡手段を、彼は持っていなかった。そして、女の子も多分彼と同じ状況だ。
『食料、衣服、武器、その他必要なものは段ボールの中だ。部屋の設備も自由に使ってくれて構わない。諸君らの健闘を祈っている』
一方的に話し続け、伝えるべき情報を全て伝え終えると、それきりスピーカーから声はしなくなった。
あとに残された二人は、困ったように顔を見合わせた。
能見の中で、理不尽な運命への怒りの炎が、静かに燃え上がった。
「……必要なものは段ボールの中、か」
呟き、能見は山と積まれた箱に近づいた。そのうちの一つを床に下ろし、ガムテープを剥がして開封する。
中に詰まっていたのは、ウィダーゼリー状の食料だった。光沢のある袋を手で押してみると、思いのほか硬い感触が返ってくる。何せ、三か月分の食料なのだ。意外と栄養が詰まっているのかもしれない、と能見は思った。
しかし個数を数えてみると、それは百個に満たなかった。
「おかしいな。三か月分にしては妙に少ない」
他の段ボール箱もざっと見てみたが、ゼリーが入っているのはこの箱だけだった。あとは、衣類と最低限の日用品が詰まっているばかりだ。
「しかも、これで俺たち二人分ってことだろ。いくら何でも、食いつなげるわけが……」
そこまで話してから、能見ははっとして口をつぐんだ。女の子も彼と同じことを思ったらしく、顔が強張っている。
自分たちをここに連れてきた者の目的は、殺し合いをさせることだ。だが、見知らぬ人間にいきなり殴りかかれるほど、度胸のある被験者ばかりではないだろう。
多分彼らは、能見たちが戦わざるを得ないような仕掛けを施している。たとえば、「他人から食料を奪わなければ生き延びられない」というような。そして、惨劇はまず、同室の者との間で始まるように設定されているのだ。
刹那、知らない女の子と能見の視線が交わった。彼女の瞳は、揺蕩う水のように揺れていた。




