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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
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127 「ただのクローン群さ」

 北に近づくにつれ、違和感は大きくなった。


 海上都市を囲んでいる防波壁、その中でも北側に位置する壁が、突如として下がり始めたのだ。自分が目にしている光景が信じられず、能見は二、三度瞬きした。


(どうなってるんだ? スチュアートの奴が、壁の高さを変えたのか?)


 そもそも、壁が可動式だったこと自体が驚きだった。が、「どうやって自分たちをここに連れてきたのか」を考えてみれば、むしろ動かせない方が不自然かもしれない。


 今まで一度も高さを変えなかった壁が、なぜ今になって変化したのか。真相を確かめるべく、能見と陽菜は走った。


 やがて街の最北端へ辿り着いた頃には、防波壁は完全に下りきっていた。高さゼロになり、海中に沈んだ壁の向こうには、海原が広がっている。


 そして、海には大型フェリーが浮かんでいた。接岸する手前で停止したそれには、人が乗っている気配がない。乗客は全て降りていたし、ましてや人ですらなかった。


「……嘘だろ?」


 能見は愕然としていた。彼と陽菜に気づき、フェリーに乗っていた者たちが振り向く。



 黒、紅、紺、深緑の皮膚をそれぞれ持った、異形の怪人たちだ。若干のばらつきはあるものの、体色ごとに二十体前後、総勢八十体ほどの軍勢がそこに姿を見せていた。


 オーガスト、アイザック、ケリー、スチュアート――倒したはずの、あるいはこれから倒すつもりの管理者たちとそっくりな外見の怪人を前に、能見も陽菜も動揺していた。一体、何がどうなっているというのか。


『人の肉体を、我らと同じ姿へ変えるという効能だ。同胞の数を増やすため、我々はこの壮大な計画を実行したのだ』


 オーガストを問い詰めた際、彼はこのように語っていた。だが、今能見たちの前にいるのは、他でもない彼らの同族である。これだけの数がいたのなら、わざわざ大がかりな人体実験を行わなくても良さそうなものだ。



 フェリーに乗って来たらしい怪人たちは、興味深そうに能見たちを見た。


「……トリプル、シックス。ナンバーズ。見つけた」


 漆黒の怪人が嬉しそうに呟き、舌なめずりをする。その様子を見て、能見は「違う」と思った。


 姿こそ瓜二つだが、あの怪人の口調はオーガストと全く異なる。低い声で淡々と話す彼とは対照的に、謎の怪人はテノール寄りの声で、一言一言区切るように話をしていた。


 単純に数だけで戦力を計算するのなら、八十対二だ。能見と陽菜に対し、怪人たちが圧倒的有利である。それにもかかわらず、彼らはこちらを観察するばかりで、手を出してこなかった。


 まるで、誰かの指示を待っているようだ。



 騒ぎを聞きつけたのだろう。能見たちより少し遅れて、芳賀、荒谷、菅井たち四人も駆けつけた。これで八十対八になったが、数的不利であることに変わりはない。


「な、何なんや、こいつらは。新手の敵なんか⁉」


 ぎょっとして武智が目を剥いた。美音の仇であるスチュアート、彼そっくりの怪人が二十体もいるなど、武智にとっては悪夢そのものだった。


 今にも腰を抜かしそうな彼をスルーして、能見は司令塔へ耳打ちした。


「……どうするんだよ、芳賀。もしあいつらが管理者と同じくらい強いんだとしたら、さすがに勝算は低いぞ」


「僕に聞かないでくれるかな。大体、こんな状況まで想定しているわけがないじゃないか」


「開き直りやがった⁉」


 一周回って清々しいまでである。涼しい顔で言ってのけたのも束の間、芳賀は表情を曇らせた。


「冗談はこのくらいにしておこう。作戦は一つだ。――全力で迎え撃つ」



 一方の菅井は、怪人たちから隠れるように縮こまっている、いくつかの人影を認めた。管理者よりもやや離れた位置で身を寄せ合い、彼らは怯えていた。そのうちの何名かの顔には見覚えがあった。


「お前ら、こんなところで何をやってる。さっさと逃げろ」


 ナンバーズでない被験者を、戦わせるわけにはいかない。その方針に基づき、菅井は彼らへ一瞥をくれてやった。


「……わ、分かったぜ」

「……そ、そうね。ここは一旦退くとしましょう」


 隠れていた永井と冴は、菅井に気づいてガチガチに固まっていた。無理もない。以前に対峙したとき、身動きを封じられ、抵抗できなくされたのがトラウマになっているのだろう。


 怪人たちには「危害を加えるつもりはない」と言われたが、あまりの恐ろしさに、二人は足がすくんで動けなくなっていた。けれどもトリプルナイン、菅井颯というそれ以上の脅威に直面し、生存本能が刺激された。


 もつれた足を懸命に動かし、すたこらさっさと逃げていく。その後ろ姿を見送ってから、菅井は怪人の群れへ視線を戻した。いまだに敵が仕掛けてくる気配はない。



「……ナンバーズ。倒す」


 能見たちを見回し、漆黒の怪人がまた言葉を発した。


「やっぱり、君たちの狙いは僕たちだったか。道理で、他の被験者に手を出さなかったはずだよ」


 懐からナイフを取り出し、芳賀が身構えた。


 彼に倣い、他の面々も武器を手に取ろうとする。


 稲妻を操るのは無理でも、援護射撃くらいはできるだろう。能見も拳銃を手に取ったが、そのとき陽菜が慌てて言った。小さく手を挙げ、切羽詰まった調子で訴える。


「待って、芳賀くん。もしかしたら、あの怪人も元々は人間だったかもしれないよ」


「何を馬鹿なことを言ってるんだ」


 芳賀は「ふざけないでくれ」と一蹴しようとしたが、陽菜はいたって真剣だった。


「管理者が仲間を増やそうとしている実験場がここだけだって、どうして言い切れるの? 他のところにも、同じような街があるかもしれないじゃない。……ひょっとすると、そこでは完全な怪人化に成功しているのかも。その成功例を、船でここまで運んできたのかも?」



 板倉や愛海が変化した姿とは異なり、彼らは管理者とほぼ同じ見た目だ。あれがスチュアートたちの言う、「良質なサンプル」なのだろうか。


「いや、そうかもしれないけど」


 陽菜の推測は、いささか突飛なものだったかもしれない。しかし、それを全否定するだけの材料が芳賀にはなかった。自信なさげに呟く。


「仮に陽菜さんの言う通りだとして、彼らを殺さずに無力化する方法があるかい? 能見の電撃に頼れない今、愛海さんのときのように痺れさせるのは無理だ。菅井の力にしたって、長時間効くわけじゃない」


「えっと、だから、そこをどうにかできない? 無理が通れば何とやら、みたいな」


 陽菜はうーんと唸っている。要するに、妙案はないのだろう。


「……あ、あのっ。私の能力で地面を陥没させて、落とし穴を作るのはどうでしょう?」


 おずおずと挙手し、和子までもが意見する。ついには皆がああだこうだと言い合って、収拾がつかなくなってしまった。


 敵を前にして話し合いとは、格好がつかない。しかし、当人たちは真面目に議論していた。怪人化した人間を殺してしまうような最悪の事態は、何としてでも避けねばならない。万が一そんなことになれば、自分たちは管理者と変わらない。スチュアートに脅されていた頃の菅井たちと、同じになってしまう。



 やや緊張感のなくなった戦場に、聞き覚えのある声が響いた。


「――いやはや、人間という生き物は実に滑稽だね。想像力ばかりがたくましい。音楽や絵画、文学など、実生活に何ら役に立たない分野を発展させてきたことも頷ける」


 彼の声を聞き、能見たちははっとして顔を上げた。せわしなく視線を走らせ、敵の居場所を探ろうとする。


「残念ながら、今トリプルワンが言った推測は全くの的外れだよ。そこにいるのは、ただのクローン群さ。もちろん、人間をベースに作ったわけでもない」


 光学迷彩を解き、スチュアートが姿を現した。つかつかと歩み寄り、深緑の怪人は仲間を守るように、その総勢八十体の前に立った。


 彼の登場により、怪人たちが色めき立つ。かぎ爪を振り上げたり、咆哮したり、牙と牙を合わせて鳴らしたりと、その挙動は様々だ。


 彼らは皆、スチュアートを待っていたのだ。


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