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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
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125 ささやかな希望

 荒谷はずっと咲希を看病していたわけだが、他の仲間も彼女のために動いていた。具体的には、管理者が潜伏している場所を探していた。


 監視カメラの映像に変化があると、彼らはすぐに現れた。それはつまり、「この海上都市から離れた場所に隠れているわけではない」ということだ。


 咲希の体力が尽きる前にスチュアートを発見し、彼女を救う術を聞き出さなければならない。ナンバーズは皆焦燥に駆られ、街のあちこちへ散っていた。


 今回ばかりは、芳賀の作戦にもやや行き当たりばったり感がある。


「海上都市のアパートのどこかに、隠し部屋や隠し通路のようなものがあるんじゃないかと思う。おそらく管理者はそこから出入りし、今までサンプル回収や攻撃を行ってきたんだ」


 このような推理に基づき、ナンバーズは二人一組になって行動していた。



 能見の相方は、もちろん陽菜である。


「うーん、ここは危ないかも。こっちにしよう、能見くん」

「お、おう」


 ずいぶん遠くまで足を伸ばした気がする。彼らは今、街の北東にある一件のアパートを訪ねていた。


 ここは芳賀の勢力下にないエリアであり、したがって危険も予想される。警戒した住民――被験者という表現の方が良いだろうか――が襲ってくる可能性は、決して低くはない。そこで役立つのが、陽菜の予知能力だ。


 エントランスから堂々と中に入り、一戸一戸回っていく。ただし、やみくもにチャイムを鳴らしたり、ドアをノックしたりするわけではない。


「あっ、ここならいけそうかも!」


 部屋の住人たちに接触する前に、陽菜が数秒先の未来を読む。好意的なリアクションが期待できる場合のみ、ドアを叩いてみることにした。


「よし、じゃあ行ってみるか」


 二軒ほどハズレが続き、ようやくまたアタリが来たようだ。嬉しそうに目を輝かせている陽菜を見て、能見はためらわずドアノブに手をかけた。鍵はかかっていなかった。


「ごめんください。俺たち、怪しいものじゃありませ――」


 が、扉を開けたままの姿勢で硬直してしまった。



 最悪のタイミングである。バスルームから出たばかりの若い女性と遭遇するとは、何たる偶然だろうか。


 胸から大腿部にかけてタオルを纏っていたのが、不幸中の幸いだったろうか。しかし、熱い湯で火照った柔肌、濡れて艶めいている黒髪は、能見に強烈なイメージを焼きつけてきた。


「えっ?」


 女性の方も、何が何だか分からないらしかった。ぽかんと口を開け、突然の来訪者を見つめている。


 戸締りを忘れていた彼女にも非はある。すんなりとドアが開かなければ、不幸な出会いは起こらなかっただろう。けれども、まさか「シャワーから出たら知らない男がいる」という状況までは予測していなかったに違いない。


 数秒の沈黙があって、やがて女は事態を理解した。顔を赤らめ、手近にあったものを掴む。


「……ど、どちら様か存じませんけど、帰って下さい!」 


 ヘアブラシだとか、空になったウィダーゼリーのパックだとか、部屋に置いてあったものを手当たり次第に投げつけてくる。能見はそれを手で受け止め、あるいははたき落とし、必死で防御した。


「いや、その、違うんだ。別に下心があったわけじゃない。頼むから、話を聞いてくれよ」

「お断りします!」


 きっぱりと言い放ち、若い女は一際大きな物体を手に取った。片手でタオルを押さえ、恥部を隠したまま、砲丸投げのような豪快なフォームでそれを投擲する。



 たぶん、女は筋力をアップさせる能力を持っていたのだろう。恐ろしいほど速く投げつけられたのは、ゼリーのたっぷり詰まった段ボール箱だった。


「おわっ⁉」


 べしん、と鈍い音がしたのち、能見は倒れてしまった。無理もない。顔面に段ボールが直撃したのである。


 間もなく部屋のドアは閉じられ、内側から鍵がかけられた。住人とのファーストコンタクトは、大失敗に終わったことになる。


「くそっ、不幸だ……」


 獣の数字と呼ばれるトリプルシックス。以前、「666」が不幸の象徴だと言った芳賀は、正しかったのかもしれないなと思う。


「能見くん、大丈夫?」


 廊下に仰向けに倒れた彼を、陽菜は心配そうに覗き込んでいた。ちょっと顔が近いような気がしなくもない。


「ああ、何とかな」


 彼の脇には、さっき顔にぶつけられた段ボール箱が転がっていた。痛そうに顔をしかめつつ、能見は体を起こした。



「陽菜さん、ここの部屋は大丈夫なんじゃなかったのか? 俺、普通に撃退されたんだけど」


「もしかすると、私がドアを開けてたら攻撃されなかったかも。同性が相手だったら、あの女の人も騒がなかったかもしれないし」


 ぺろっと舌を出して、陽菜は「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。彼女が予測した未来は、あくまで「彼女自身が行動した場合の」未来だったというわけか。


 なお、能見にしてみれば笑い事ではない。


「今度から、陽菜さんがドアを開けるようにしてくれよ。こんなのはこりごりだぜ」


「えー、だって怖いもん。変なおじさんが出て来たらどうするの?」


「そうならないように、初めから上手く予測してくれよ……」


 困ったような顔をした陽菜と、呆れ顔の能見。二人はお互いを見て、ふふっと苦笑した。



 彼らがいるのは、被験者同士が殺し合うデスゲームの只中だ。人気のない廊下には、ところどころに赤黒い血痕がある。


 このアパートも、住人がいる部屋ばかりではない。誰も住んでいないということはすなわち、元の住人は死んだということである。


 一か月半にも及ぶ戦いの中で、能見は芳賀や荒谷、そして菅井たちと手を組み、グループの勢力下にあるエリアを広げていった。エリア内ではナンバーズが主に戦闘を担い、薬剤耐性を持たない、他の被験者の怪人化が進まないようにした。


 だが、管理者の妨害や住人の抵抗を受けることも多く、すべての地域を支配下に置けたわけではない。能見と陽菜が今いるアパートのように、中には未制圧のエリアも存在する。自分たちが助けられなかった人々、救えなかった命がそこには転がっている。


 そんな極限環境に置かれていても、彼らにはささやかな希望があった。笑い合うことができた。


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