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サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
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124 乗客は皆、異形

 彼女の説が正しいとすると、管理者は意図的にフェリーを呼び寄せたことになる。では、あのフェリーは一体何なのか。いかなる目的で、この街を目指しているのか。


 話し合っているうちに、船はぐんぐん近づいてきた。海上都市に接近すると徐々に速度を落とし、左へ曲がった。右舷をメガフロートの人工地盤に着け、乗客を降ろすつもりなのだろう。


 永井たちは管理者の正体も、彼らが行っている実験の目的も知らない。フェリーに乗っているのが誰なのか見当もつかず、ただ立ち尽くしていた。


「救助船の可能性がゼロってわけじゃない。たまたま、壁が下がったときに駆けつけただけかもしれない」


 あくまで永井はこう主張し、「行動を起こすのは、誰が乗っているのか確かめてからだ」と部下に命じた。


 冴はというと、彼の仮説を信じていない。むしろ、「一刻も早くここを離れた方が安全でしょうに」と思っていた。


 が、同時に好奇心もあった。フェリーに乗っているのが誰なのか、何のためにここに来たのか、気にならない方がおかしい。それを確認してから逃げるつもりだった。



 二人の予想に反し、船の乗客たちはすぐ姿を見せた。


 フェリーを接岸する必要はなかった。ある程度メガフロートへ近づいた時点で、それまで客室で眠っていた者たちは起き出してきた。そして彼らは、デッキに現れた。


「……ひいっ」


 冴の側に控えていた女が、悲鳴を漏らす。


 船に乗っていたのは、異形の怪人たちであった。


 三葉虫を思わせる硬い皮膚。手にそなわったかぎ爪。人のものとは異なる、細くて小さな目。口から覗く鋭い牙。


 黒、紅、紺、深緑――その四色のいずれかに染まった皮膚を、怪人たちは潮風に晒していた。



 異形の怪人が、デッキの床面を蹴り飛ばす。驚異的な跳躍力で、彼らはフェリーと岸の間、約百メートルを跳び越えた。ほとんど音を立てずに着地し、気だるそうに立ち上がる。


「な、何なんだよ、こいつら。人間じゃねえぞ⁉」


 逃げる間も与えられなかった。気づけば、怪人たちは永井たちを取り囲むようにして立っていた。


「……安心、して下さい。君たち、普通の被験者に、危害を加えるつもりはありません」


 怯え、逃げ惑う彼らを前に、漆黒の皮膚を持つ怪人が語りかける。片手を挙げて朗らかに挨拶する様子が、かえって不気味だった。


 一フレーズごとに区切っているような、ゆっくりとした話し方も相まって、永井はぞっとした。いや、そもそも怪人が人語を解したこと自体、彼らにとって驚くべくことだったろう。


「私たちが、探しているのは、ナンバーズのみです。君たちには、まだ、用はありません」

 


 ケリーを倒した日から、一週間ほどが過ぎた。あれ以来、スチュアートは目立った動きを見せていない。


 咲希の容態は悪くなる一方だった。ゼリーによって栄養素を摂取できない彼女は、日に日に痩せ衰えていった。


「……けほ、けほっ」


 一週間前からずっと、布団に寝たきりになっている。何度も空咳を繰り返し、咲希は苦しそうに体を震わせた。


「咲希、大丈夫か?」


 彼女の枕元には、荒谷が正座している。そっと上体を起こさせ、背中をさすってやると、咳はどうにか収まったようだった。


「うん。ありがとう、匠」


 儚い笑顔を浮かべる彼女は、痛々しかった。頬はこけ、顔色も悪い。肌からはみずみずしさが失われている。水しか口にすることができないため、咲希の肉体には少しずつ限界が迫っていた。


 咲希をもう一度寝かせてやってから、荒谷はうつむき、唇を噛んだ。ズボンの膝のところに、続けて水滴が落ちる。



「……匠、どうしたの?」


 かすれ気味の優しい声が、耳に届いた。


「俺は……俺は、悔しい。咲希がこんなに苦しんでいるのに、俺には何もしてやれない。その事実が、どうしようもなく悔しいんだ」


 握り拳を床に叩きつける。恋人の前で涙を見せるのは、これが初めてだった。


「心配しないで。私のことなら、大丈夫だから」


 そう言って微笑んだ直後、咲希は顔を歪めた。再び咳の発作が始まり、華奢な体を苦しそうに折り曲げる。


 管理者に投与された薬剤は、今この瞬間も彼女を蝕み続けている。咲希を救う手立てが、今の荒谷にはなかった。


(――待っていてくれ、咲希。必ずスチュアートを倒して、君を助ける方法を突き止めてみせる)


 愛する人の側へ寄り添いながら、彼は固く誓った。


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