表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
10.「決戦・スチュアート」編
135/216

123 海上都市、運命の瞬間

 反射的に振り向き、永井は辺りを見回した。顔をしかめ、片耳を手で押さえる。


「……何だ? おい、何が起こったんだよ」


 地面を振動させるほどの、すさまじい音の暴力。間断なく鼓膜を叩く轟音の中で、永井は精一杯声を張った。


「リ、リーダー、見て下さい。壁が」


 部下たちは皆、恐れおののいていた。彼らが指さす先を見て、永井も例に漏れず愕然とした。


 街を囲んでいたはずの壁。そのうちの一つ、自分たちがいる北端にある壁だけが、徐々に下がり始めている。高さ五十メートルはあったはずの壁は、今では四十メートルほどにまで低くなっていた。


「もしかして、お前たちが何か細工をしたのか」


 ほとんど当てずっぽうに近い推測をして、永井は冴を睨みつけた。しかし、彼女は慌てて首を振った。


「違うに決まってるでしょう。私たちだって、何が何だか分からないわよ」


 明らかに冴は狼狽していた。とりあえずは彼女の言うことを信じることにして、永井も部下に倣い、壁の変化を見守った。



 壁は、毎秒一メートルほどの速さで下降している。下がった部分はどうなるのだろう。地中には、壁を格納するようなスペースが設けられているのだろうか。


 もはや戦いどころではなかった。両グループは武器を収め、突如として動き始めた壁を途方に暮れた顔で眺めていた。


「……でも、考えてみれば、壁が動くこと自体は不自然ではないわね」


 やや間があって、冴がぽつりと口にする。


「この壁がずっと動かずにそびえていたんだとしたら、私たちを街へ入れるには、空から放り込むしかなかったはず。デスゲームの主催者が、そんな非現実的な方法を取ったとは思えない。壁は最初から可動式になっていて、必要なときだけ低くできるようになっていたんじゃないかしら」


「だとしたら、かなり大がかりな仕掛けだってことになるぜ。街を管理してる奴は、よっぽど資金が潤沢だったんだろうな」


 ガラガラ、と壁が下がり続ける音に負けまいと、永井も叫ぶようにして言った。


「けど、おかしいんじゃねえか。主催者が言っていた三か月の期限には、まだ早いはずだろ。戦績上位の百名を脱出させるならともかく、奴らは何の用があって壁を下げてるんだ? これじゃまるで、『ここから逃げていいですよ』って言ってるようなものだぜ」


「そんなこと、私に聞かれたって困るわ」


 こっちが聞きたいくらいよ、と冴が叫び返す。



 やがて、壁の下がるスピードが緩やかになった。残り三メートル、ついには高度ゼロになり、壁の向こうの世界が露わになる。


 音が止み、しんと静まり返った街で、彼らは息を呑んだ。


 出現した光景は、永井たちにとって信じがたいものだった。


「……う、海⁉ どうなってんだよ。俺たちはずっと、海の上に浮かぶ街で暮らしてたってことか?」


 まさか、本当に「背水」の陣になるとは思いもよらなかった。


 素っとん狂な声を上げ、永井はさっきまで壁があった場所へ駆け寄った。下を見ると、海中に壁が沈んでいるのが確認できる。


 飛行能力を持つ荒谷によって、能見たちは既に真実を知っていた。この街はいわば海上都市であり、付近に船やボートの類はない。また、空には電磁バリアが張り巡らされている。自力での脱出がきわめて困難だと判断したからこそ、彼らは「管理者と交渉できないか」と考えたのだ。


 だが、その事実を知っているのはほんの一握りの被験者だけだ。ナンバーズでない一般の被験者は知らぬまま過ごしており、ゆえに永井たちの反応は自然なものだった。



 壁が消えた先には、一面の大海原が広がるばかりであった。陸地などどこにも見えない。あまりのことに、永井はあんぐりと口を開けていた。


「なるほど。これなら確かに、壁がなくなっても逃げられる心配はないわね」


 何とか冷静さを保とうと、冴が自身に言い聞かせるように呟く。


「……でも、どうして? なぜこのタイミングで、ゲームの主催者は北側の壁を下げたのかしら」


 彼らは知らなかったが、永井と冴は今、この街にとって運命的な瞬間を目の当たりにしようとしていた。



 ボーッ、と遠くで汽笛が聞こえた。陽の光を背に受けて、一隻の船が海上を滑り、こちらへ近づいてくる。


 それは大型のフェリーであるようだった。水線より下は鮮やかな赤色、それより上はほぼ白一色で彩られた、簡素なカラーリング。乗客を優に数百人は収容できるであろう、大きくてたくましい船体。


「そうか。あれはきっと、救助船に違いないぜ」


 永井はしばらく呆然としていたが、突然手を叩いた。


「俺たちがいなくなったのを心配して、海上保安庁かどこかが助けに来たんだ。そうに違いない」


 彼の目はいつになくキラキラしていた。部下を見回し、満面の笑みで続ける。


「つまり、このデスゲームも今日で終わりってことだ。あの船に乗って、日本に帰れる」


「……もしかしてリーダー、こうなることを予想してたんですか⁉」


「わざわざ北側に移動したのは、救助船に一番乗りするためだったんすか⁉」


「フッ、まあな」


 どう見てもただの偶然だったが、永井はドヤ顔で胸を張った。調子のいい男である。



「……いえ、違うわ。あれは救助船なんかじゃない」


 彼とは対照的に、冴の表情は強張っていた。


「どうしたんだ、緑川。こんなときくらい、素直に喜べばいいのによ」


 永井はきょとんとして、聞き返した。


「船が来たんだぞ。あれに乗せてもらえれば、日本へ帰れる可能性も低くないんだぞ」


「じゃあ聞くけど、船が来たのと壁が下がったタイミングとが同じなのはどうして?」


「そりゃ、偶然じゃ……」


 途中まで言いかけて、永井がはっと顔色を変える。


「まさか。いや、そんなはずは」


「たぶん、あなたが考えている通りね」


 仲間たちを不安がらせないようにと、冴は声を落とした。小さく頷き、永井の意見を認める。


「この街の管理者は、あの船が来ることを知っていた。だから前もって壁を下げて、船が接岸しやすい状態にしておいたのよ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ