122 「背水の陣」作戦
「この間は邪魔が入ったが、今度こそ決着をつけてやる!」
威勢よく叫び、永井大和は仲間たちを振り返った。
「お前ら、準備はいいな?」
「準備万端です、リーダー!」
彼に続き、数名の男たちが鬨の声を上げる。だがあいにく、永井たちへ向けられる視線は冷ややかだった。
「……はあ。どうしてあなたたちは、いつも前置きが長いのかしら」
緑川冴は肩をすくめ、困ったように呟いた。彼女の背後に控えている部下たちも、永井らの挙動には呆れた様子である。
「というか、こんな場所に呼びだして何のつもりなの?」
永井と冴、両勢力が向かい合っているのは、海上都市の北端であった。北側に陣取った永井たちのすぐ後ろには、高さ五十メートルはあろうかという、巨大な防波壁がそびえている。
防波壁付近にはアパートも建っておらず、壁と建物群の間にはちょっとした空き地が生じていた。その空き地に陣取っているわけである。
元々、両グループは街の西側を拠点として動いていた。それがどういうわけか、永井から呼び出されるかたちでここに来ている。
「一週間くらい前だっけな。わけの分からない野郎が乱入してきて、俺たちの動きを止めただろ? ああいうことがないようにと思って、念を入れたんだよ」
要するに、「ここなら邪魔が入らないだろう」ということらしい。右手に拳銃を、左手にナイフを構え、永井は答えた。
銃身が眩しく輝き、そこにナイフが吸い寄せられるようにして融合し、変形が完了する。今、彼の手にはショットガンが、それも銃剣のついたタイプのものが収まっていた。
「455」のナンバーを刻まれた永井は、和子と似たような能力を使えるのだ。
「それにいい加減、てめえらともケリをつけたかったからな」
「……私たちがここに集まることと、ケリをつけることにどんな因果関係があるの? ごめんなさい、まるで分からないわ」
赤いフレームの眼鏡の奥で、冴の瞳が戸惑ったように揺れている。
「意外と鈍い奴だな。いいぜ、教えてやる」
彼女は無自覚なようだが、台詞にはやや煽っているようなニュアンスが含まれていた。それに応酬するかごとく、永井が一段と声を張り上げる。
「てめえには見えないのか? 俺たちを街へ閉じ込めている、この高くて頑丈な壁が」
「いや、見えるけれど……」
冴はいよいよ困惑していた。彼が言わんとしていることは微塵も伝わらなかったし、ましてや、馬鹿みたいに高いテンションにもついていけなかった。
「俺たちはこの壁を背にして、あえて退路を断って戦う。いわゆる『背水の陣』ってやつだ。――てめえらを全滅させるまで、絶対に逃げない。そういう強い覚悟で、今日こそケリをつけてやるって言ってんだよ!」
びしっ、と人差し指を冴に突きつけ、永井は高らかに言い放った。本人は「決まった」と思っているに違いない。
しかしその直後、部下たちは次々に不平の声を漏らした。
「聞いてないっすよ、リーダー⁉」
「あの、俺たちは別に殺し合いをしたいわけじゃないんで。生き延びられたら、それでいいんで」
退路を断つというデメリットの大きさを感じ、彼らから文句が噴出したのである。
「お、落ち着けよ、皆。……おいコラ、服を引っ張るんじゃねえ。伸びちまうだろうが」
仲間にもみくちゃにされそうになって、リーダーは情けない悲鳴を上げた。
永井が羽織っている革ジャンは、この街に来たときから身につけていたものだ。時々洗濯しつつ、いまだに使い続けている。外界からここへ持ち込めたほとんど唯一の品であり、永井にとって大事なものだった。
「……ふふっ。ほんと、馬鹿みたいね」
連携が乱れに乱れている敵陣を前に、冴は笑いを堪えられなかった。思わず吹き出してしまい、くすくすと声を漏らす。
永井がいつもこんな調子だから、デスゲーム開始から二か月近くが立っても、両勢力には決着がついていなかったのだ。
「何だよ。何がおかしいんだよ」
どうにか仲間たちの手を振りほどき、永井は疲れた顔で言い返した。
自分たちが揉み合っている間は、冴にとってチャンスだったはずだ。隙を見せていた永井たちへ攻撃すれば、陣形を崩すのは容易かったろう。
そうせずに微笑を浮かべていたのは、様子見していたからか。あるいは、単に舐められていたのか。永井は「後者かもしれない」と思った。
「……ええい、畜生。仕切り直すぞ、お前ら!」
「背水の陣」作戦を、彼は意地でも変えなかった。その代わり、部下にちょっとしたサービスをしてやった。
彼らが構えていた拳銃に手を触れ、より殺傷力の高いショットガンへと変形させていく。実質的にリーダーと同等の武装を使えることとなり、仲間たちは不満を引っ込めて「すげえ」と感嘆していた。何というか、永井も部下も同レベルである。
「今日だけは出血大サービスだ。全力で叩き潰すぞ!」
「おう!」
気を取り直した永井が、改めて号令をかける。
「……そっちがその気なら、私も本気で相手をするわ」
衝突は避けられそうにないと悟り、冴も笑みを消した。真剣な表情で彼を見やり、ナイフを構える。
「かかってきなさい、永井くん。ただし、今回ばかりは手加減できないわよ」
「うるせえな。そんなことは百も承知だ」
苛立ったように首を振り、永井はショットガンの引き金に指をかけようとした。
「771」のナンバーを持つ冴は、回避と予知の二つの力を合わせ持っている。いずれもナンバーズほどの効力ではないものの、彼女に攻撃を当てるのは容易ではない。
慎重に照準を定め、永井が発砲しようとしたときだった。
ガラガラガラ、という轟音が、後方から響いてくる。




