121 青春、思いっ切り
「私には無理かも、って思ったから」
唯が儚げな笑みを浮かべる。
「ミーティングのとき、荒谷さんいなかったでしょ? あれはたぶん、ずっと咲希さんの看病をしてたからだと思うの」
「あっ、そういえば……」
ふと思い返してみると、確かに彼の姿はなかった。ミーティングは芳賀と陽菜、それに和子たち四人で行われたのである。
能見と咲希がいなかったのには、もっともな理由がある。二人とも怪人化のリスクを抱えており、次の作戦に参加できる状態ではなかったからだ。
しかし、荒谷にはそれらしい理由がない。あるとすれば、「咲希に寄り添っていたから」だろう。
「ミーティングを放りだしちゃうくらい、荒谷さんは綾辻さんのことが好きなんだなって思った。それで、『ああ、私が割り込む余地なんてないんだな』って気づいたの」
ちょっと悔しいけどね、と唯は寂しそうに笑った。あまりにも彼女が潔いので、逆に、応援していた和子の方が納得できないくらいだった。
「で、でも、唯ちゃんはそれでいいの? 荒谷さんのこと、本当に好きだったんじゃないの?」
「……和子の馬鹿。私だって、本当は諦めたくない。今でも好きだよ、荒谷さんのこと」
堪えていた涙が、堰を切ったように溢れ出す。唯はうつむき、嗚咽を漏らした。
「でも、しょうがないんだよ。荒谷さんにとっては、咲希さんといることが一番の幸せなんだから。私と一緒にいても、彼は幸せになれない」
「唯ちゃん……」
何だか自分まで泣いてしまいそうになって、和子は言葉を詰まらせた。
「私は、荒谷さんのことが好き。けど、好きだからこそ、荒谷さんには幸せになってほしいの。私が身を引くことで彼が幸せになれるんだとしたら、それでいい」
やっと視線を上げた唯の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。チュニックの袖で乱暴に涙を拭い、彼女は力なく微笑んだ。
ようやく涙が止まり、落ち着いてきた唯を前に、和子は呟いた。
「唯ちゃんの気持ち、分かるような気がする」
「え?」
今度は、唯が聞き返す番だった。
「私もね、咲希さんにちょっと惹かれかけたときがあったの。頼もしい先輩みたいで、なんか良いなあって」
「う、うん」
「惹かれかけた」とはどういう意味なのか、唯は少々気になった。友人としてという意味だろうか。あるいは、それを超えた先にあるものを指しているのだろうか。
(……前から思ってたけど、和子ってそっちの趣味があるわけ?)
美音にデレデレしていた頃から薄々察してはいたが、その気配が濃厚になってきた。
だとしたら、自分の貞操も危ういのではないか。何せ、毎日同じ部屋で寝起きしているのだから。
(まさか、そんなことはないと思うけれど)
和子からそういう目で見られている可能性に気づき、唯は身震いした。
「さっき唯ちゃんが言ってたみたいにさ、咲希さんは荒谷さんと一緒にいるのが一番なんだと思う。だったら、私が咲希さんにお近づきになるのは変っていうか、恐れ多いっていうか」
えへへ、と和子がはにかむ。
「それに私はただ、美音さんの面影を咲希さんに重ねていただけかもしれない、って気づいたんだ。やっぱり、美音さんの代わりは誰にも務まらないよ。あんなに可愛くて優しいお姉さん、なかなかいないもん」
「……なるほど。つまりお互い、絶賛傷心中ってことか」
うんうん、と首を縦に振り、唯は神妙な顔つきで言った。
「和子も和子で、大変だったんだね」
別に恋愛対象として見たことはないが、小笠原美音が魅力的な女性だったのは事実である。唯の控えめなプロポーションとは比較にならない、豊満な肉体。自分の可愛さを理解しているがゆえの、ちょっとあざとい仕草。全ての要素が美しく、アイドルのように皆を惹きつけてやまなかった。
だから、和子が美音に憧れる気持ちも、全く理解できないわけではなかった。ある意味、美音が殺されて一番ショックを受けていたのは彼女だったかもしれない。
そして美音の無念を晴らすためにも、自分たちは管理者に立ち向かわなければならないのだ。
「スチュアートを倒して日本に戻ったら、思いっ切り青春しようね。この街にいる間にできなかった分も含めて、思いっ切りさ」
にっこり笑って、唯が片手を差し出す。
「うん!」
和子も目を輝かせ、二人は硬い握手を交わした。
いつか訪れるであろう、平和な未来を願いながら。




