120 帰る理由と諦める恋
「よいしょっと」
ミーティングを終え、彼らは拠点としているアパートへ戻ってきた。さっそく自室へ上がり込み、武智がどかりと腰を下ろす。
陽菜と二人だけで今後の方針を話し合ったのち、芳賀は菅井たちをもアパートの近くへ呼び集め、同じ内容を伝えた。
作戦の中身については特に反対意見も出ず、四人とも賛同した。そんなわけで、ミーティングはきわめて短時間で終わったのだった。
「ま、要は、あの二人抜きでスチュアートをぶん殴ればええんやろ。そんなに難しくなさそうやな」
「……楽観しすぎじゃないか? 武智」
彼よりやや遅れて、菅井も帰ったところだった。同じ部屋で寝起きしている二人だが、性格は真反対と言っていい。
菅井の顔つきは険しかった。
「今回スチュアートに打撃を与えられたのは、荒谷の攻撃があいつのガジェットに当たり、動作不良を起こしたからだ。身も蓋もない言い方になるが、まぐれで勝っただけなんだぞ。実際、俺たちの作戦自体は失敗に終わってる。次も同じやり方が通用するとは――」
「まあまあ、リーダー。細かいことはもうええやろ。とりあえず、ケリーだけでも倒せて良かったってことにしようで」
「……お前には敵わないな。何というか、俺にはないものを持っているような気がする」
相変わらずのポジティブ思考を見せ、武智はにっと笑った。呆れてしまい、菅井も思わず苦笑する。
百点満点の勝利とは言い難い。スチュアートを倒すため、周到に策を練って臨んだにもかかわらず、菅井たちの作戦は通用しなかった。
作戦とは次のようなものである。まず、和子が砂を使って壁を作り、敵の攻撃を防ぐ。相手が壁を崩そうと近づいてきたところで、彼女が壁を分解。砂粒へと還元したそれを、四方八方へ飛び散らせる。
砂によってケリーの視界を封じたら、次はスチュアートを攻略する。砂の粒子がついてしまえば、光学迷彩を使っていようとも大体の居場所は分かるはずだ。そこに武智と菅井が攻撃し、彼を仕留める予定だったのだが。
計算が狂ったのは、光学迷彩を重ね掛けできるよう、スチュアートが武装ガジェットを改良していたからだ。これによって敵の位置を補足することは困難になり、菅井たちは窮地に立たされた。荒谷や咲希たちが加勢してくれなかったら、どうなっていたか分からない。
その咲希も、今は熱にうなされて苦しんでいるという。ミーティングの場に彼女の姿はなかった。
「しかし、綾辻が戦えなくなったのが心配だな」
顎に手を当て、思案する菅井。
彼は芳賀から詳しいことを聞いておらず、ましてや「能見の力をコピーしたのが原因かもしれない」という仮説を知るはずもない。したがって、自分なりに憶測するしかなかった。
「まあ正直、それは俺も思ったわ」
武智はというと、意外なほど素直に頷いた。既に笑みを消し、真面目そうな表情に変わっている。
「管理者もケリーを失ったけど、俺らも能見と綾辻を戦力として使えんくなった。今回のは勝ったというより、痛み分けと言った方が正確かもしれんな」
お互いに戦力を減らしつつある今、最終局面はもう間もなくだ。
「全部片付いて、この街から出られたら、俺の家でたこ焼きパーティーでもやろうや。本場仕込みの味を見せたるわい」
「楽しみにしておこう。生きて帰る理由が、また一つ増えた」
軽口を叩き合いつつも、来たるべき日に向けて二人は気を引き締めた。
彼らの隣の部屋は、唯と和子が使っていた。
「どうしたの? 唯ちゃん」
不思議そうに首を傾げ、和子は尋ねた。
ミーティングから帰る途中から、相方の様子がおかしい。口数は少ないし、口を開いてもぼそぼそと短く話すばかりだ。
「……和子、聞いてくれる?」
「うん」
部屋の隅に、膝を抱えて座り込む。いじけたような、それでいてどこか諦観したような表情で、唯は少しずつ話し始めた。
「私、荒谷さんのこと諦めようかなって思うの」
「へえ、そうなんだ。……って、ええっ⁉」
反射的に頷きかけてから、和子は素っとん狂な声を上げてしまった。はっと我に返り、恥ずかしそうに口元を手で押さえる。
「唯ちゃん、本気なの? 前はあんなに夢中で、荒谷さんのこと大好きだったじゃない。その、何ていうか、すごく大胆にアプローチしてたし」
『荒谷さん。彼女がいる人を好きになっちゃいけない、なんて法律はないよね』
こんな台詞まで口にし、さらには「最初は遊び相手としてでも構いません」と誘惑するようなことを囁くなど、唯は荒谷へあの手この手で接近していた。さらには、思い切ってコーディネートを明るく変えてみたりもした。
そこまでさせるほど、唯にとって荒谷は運命の人だった。アイザックに人質にされていたところを助け出された瞬間から、彼女は彼に夢中だった。
なのに、一体どうしたというのだろう。




