表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サウザンド・コロシアム  作者: 瀬川弘毅
1.トリプルセブン編
13/216

001 知らない天井と女の子

 目が覚めると、知らない天井があった。


 白い天井に、白い壁。能見俊哉は布団に横になり、体には薄い掛け布団一枚が掛けられていた。どうやら身に付けているのは寝間着ではなく、普段着のようだ。



(――違う。ここは、俺の部屋じゃない)


 意識が覚醒していくにつれて、能見の中では違和感ばかりが強くなっていった。


 彼が住んでいたはずのアパートの一室は、こんな間取りではない。第一、彼はいつもベッドで寝ていたし、家に敷布団は置いていない。


 パジャマに着替えず、普段着のままで寝入っていたのも彼らしくなかった。シャワーを浴びて疲れを取り、きちんと着替えてから寝るのが能見のルーティンである。よほど疲れていたということだろうか。



(夢でも見てるのか? 俺は)


 そう思い、何度か瞬きをしてみる。頬をつねりもした。だが、いつまでたっても見える景色は変わらず、鈍い痛みが右の頬を襲った。残念ながら現実である。


 わけが分からなかった。一体ここはどこで、自分はなぜここにいるのだろう。


 混乱したまま、能見はがばりと跳ね起きた。ともかく、頭で考えているだけでは始まらない。状況を把握し、ここから脱出する必要がある。早く日常に戻らなければならないのだ。


 何とはなしに上体を起こすと、すぐ隣に、もう一人分布団が敷いてあることに気がついた。すう、すう、と微かな寝息も聞こえてくる。



(嘘だろ。何がどうなってるんだ)


 能見にとって、状況はますます意味不明なものになった。緊張のせいか、背中を冷や汗が流れる。


 なぜなら、彼の隣の布団では、知らない女の子が気持ちよさそうに眠っていたからである。



 肩に届くほど伸ばした髪には、緩やかなウェーブがかかっている。人懐っこそうな顔立ちは愛らしく、小動物的な可愛さがあった。


 掛け布団にくるまった体は細く、女性らしい美しさを内包している。


「……むにゃ」


 すやすやと眠っている彼女を眺め、能見は「もしかして、この部屋にはこの女の子が住んでいるんじゃないか」と仮説を立てた。何らかの理由で、自分は彼女に招かれたのかもしれない。


 しかし、仮にそうだとすると、今の状況をどう説明するのか。自分と彼女には面識がない。能見自身は何も覚えていないが、これではまるで、一夜を共にしたようではないか。



(いや、それはあり得ないな)


 少しだけ考え込んでから、能見は自説を否定した。女の子の顔をよく見ると、メイクを落としていないことが分かったからだ。


 もし自分が彼女を抱くのなら、行為の前後にシャワーを浴びるだろう。最低限の清潔感も保たずにことに及ぶほど、彼は野蛮人ではなかった。


 また、室内にはゴミ箱らしきものが見当たらず、ティッシュや避妊具もない。あるのは、部屋の隅にうず高く積まれた段ボールの山だけだ。生活感のない部屋だな、と能見は思った。引っ越してきたばかりのような印象を受ける。


 というより、この子は本当にこの部屋で暮らしているのだろうか。おそらく違うのではないか。



 ふああ、と欠伸が聞こえて、能見は驚いた。熟睡から覚めた彼女が、むっくり起き上がったところだった。


「うーん、よく寝たなあ。……あれっ?」


 花柄のブラウスに、ロングスカートを着ているのが露わになる。掛け布団を払い除けた彼女もまた、能見同様、日常とのズレに気づいたらしかった。


 それから彼女は、能見をじっと見つめた。かと思えば、途端に顔を赤らめて「きゃあ」と可愛らしく叫ぶ。


「も、もしかしなくても私たち、セックスしちゃいましたか⁉」



 最低な台詞だ、と能見は思った。できることなら、女の子の口からそんな言葉は聞きたくなかった。もうちょっとオブラートに包んでほしい。


 思い込みの激しいタイプなのかもしれない。呆然とした能見がすぐ反応できずにいると、彼女は「ううーっ」と呻き、頭を抱えた。


「ごめんなさい、お母さん。初めては大切な人に捧げなさいって言われてたのに、こんな適当な成り行きで経験しちゃうなんて……」



 最低な台詞ランキングのワーストが、一瞬にして更新されてしまった。さりげなく処女だと暴露するのはやめてほしい。どんな顔で対応すればいいのか困る。


 あと、初体験なんて大体そんなものだと思うから、必要以上に気にする必要はない。酔った勢いで、好きでもない相手とやっちゃうなんてよくあることだ。以上、能見俊哉による偏見である。



「なんかショック受けてるみたいだけど、多分やってないと思うぞ。少なくとも俺には、そんな記憶はない」


 落ち込みまくっている女の子の肩を叩き、能見は声を掛けてみた。恐る恐る顔を上げ、彼女が聞き返す。


「本当ですか?」


「ああ。嘘はついてないぜ」


「良かった……」


 天然っぽい女の子は安堵し、胸を撫で下ろした。しかし、「この男とセックスしていなくて良かった」と安心されているのかもと思うと、能見は少々複雑な気分である。


 ともかく、彼女と自分の間に肉体関係がなさそうなことははっきりした。他の事柄についても、確かめなければなるまい。



「一つ聞かせてくれ。ここは君の家なのか?」


「いえ、違いますけど」


 きょとんとした様子の女の子に、能見は「実は、俺の家でもないんだ」と告げた。


「つまり、状況を整理するとこういうことになる。俺たちは初対面で、どこかのアパートの一室に寝かされていた。いや、正確には、連れてこられたと言った方がいいかもしれない」


 ここに来るまでの記憶がないことから推測するに、何者かが自分たちをさらった可能性がある。能見の推測を聞いて、彼女は怯えたような表情を見せた。



「ひょっとして、誘拐とかですか?」


「かもしれないな」


 能見は否定しなかった。けれども、「誘拐」という単語がしっくりこなかった。誘拐犯の姿が見当たらないからである。もしかしたら食料品などを買いに行っているのかもしれないが、人質を放置して出かけるのは不用心すぎないだろうか。



『目が覚めたかな、モルモット諸君』


 そのときだった。部屋の上部、天井すれすれに据えつけられたスピーカーから、聞き覚えのない男の声が響いてきたのは。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  女子にとって大事な行為を簡潔な描写で済ませるところがデスゲームらしくていいと思います。 [一言]  映画『ソウ』のようなゲームが始まりそう(激寒
[良い点] ヒロインとおぼしき女の子の一言目にインパクトがあって面白いです! 最後も続きを読みたくなる終わり方で良いと思いました! [一言] Twitterからきました!
[良い点] Noveleeのルークです! 作品を読ませていただきました!女の子のオブラートに包まないリアクションや、主人公の冷静で俯瞰的なツッコミ、とても面白かったです!ゲームマスターからの声でとうと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ